第5章:運命を決める最後の一杯
第17話 「摩利支天の味噌汁 〜見えない自分と戦え〜」
──誰もが、戦っている。誰かとではなく、自分自身と。
悠斗はもう何杯目になるかもわからない味噌汁を啜りながら、静かに屋台の椅子に腰かけていた。
『神味堂』。それは人生の岐路でふらりと現れ、心に問いを投げかける不思議な屋台。
その晩、彼の前に差し出されたのは、透き通るような味噌汁だった。芳ばしい香りの奥に、なにか鋭いものが潜んでいる。
「摩利支天の味噌汁だよ」
主は静かにそう言った。
摩利支天──陽炎のごとく姿をくらまし、影すら踏ませぬ戦の神。
「お前の“敵”は、いつも自分の中にいる。それが見えるかい?」
啜った瞬間、悠斗は“もう一人の自分”と対面する。
傲慢だった自分。臆病だった自分。逃げ続けた自分。誰かを妬み、見下し、言い訳ばかりしてきた自分。
そのすべてが具現化し、今目の前に立っている。
「逃げてばっかりだったな、お前」
「でも……怖かったんだ」
殴り合うわけでも、罵り合うわけでもなく、二人の“自分”はただ、静かに語り合った。
いつからか、自分の弱さに向き合うことが「負け」だと思っていた。
強がることで自分を守ってきた。でもそれは、本当の強さではなかった。
「もう、隠れなくていい。お前の弱さごと、背負って前へ行け」
気づけば目の前には、湯気の消えた味噌汁の器だけが残っていた。
悠斗は立ち上がり、深く息を吸った。
寒空の下に身を置いても、不思議と芯から温まっていた。
戦いは終わらない。
でももう、恐れることはない。
──摩利支天の味噌汁は、見えない敵と戦う勇気をくれる一杯だった。
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