第16話 「貧乏神の味噌汁 〜失ってわかる幸せ〜」
石井勝は、すべてを手に入れた男だった。
大企業の部長職、タワーマンション、美しい妻、高級外車。そして、他人を見下す眼差し。
「人生は勝った者が正しい。金と地位こそ正義だ」
そんな彼が、ある日ふとした気まぐれで立ち寄った、裏通りの屋台『神味堂』。
その場にいた主が笑って差し出したのは、やけに薄味の味噌汁だった。
「これは……貧乏神の味噌汁? 冗談だろ」
笑いながら啜った瞬間、彼の世界は変わった。
まず、会社で不祥事の責任を取らされ解任。投資に失敗して資産は蒸発。妻も去り、友人も離れ、タワマンのドアの鍵さえ変えられていた。
すべてが、音もなく崩れ落ちた。
数週間後、彼は古びたネットカフェの個室で、カップ麺をすすりながら思い出していた。
──あの味噌汁の、奇妙な優しさを。
夜の公園、ベンチに座る彼の隣に、小さな子どもと母親が座った。
コンビニで買ったおにぎりを差し出され、言葉を失った。
「おじさん、お腹すいてるんでしょ?」
涙が止まらなかった。
その瞬間、彼はようやく気づいたのだ。
自分はずっと、誰かの優しさや支えを当然と思っていたことに。
失って初めて、それが幸せだったと知る。
後日、彼は生活支援を受け、地域のボランティア活動に参加するようになった。
ゴミ拾いをし、独居老人の話し相手になり、いつしか「ありがとう」と言われる日々が戻ってきた。
──そしてある夜、再び神味堂を訪れた。
「貧乏神ってのはな、欲を奪うんじゃねぇ。目を覚ますために、お前を素っ裸にするだけよ」
味噌汁の器を見つめる彼の表情は、どこか穏やかだった。
「……ありがとう」
貧乏神の味噌汁は、彼に“本当の豊かさ”を教えたのだった。
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