第4章:神の試練

第13話 「閻魔大王の味噌汁 〜裁かれる者〜」

 和馬は「嘘つき」だった。

 悪気はなかった。場を和ませるため、傷つけないため、あるいは自分を守るため──気づけば、日常のほとんどが嘘で塗り固められていた。


 「大丈夫」「任せて」「愛してる」


 言葉に重みはなかった。ただ、口を動かせば誰もが笑顔になった。それでよかった。


 ある日、ふと入った神味堂で、閻魔大王の味噌汁を勧められる。


 「その舌に、真実の業火を宿そう」


 一口すすると、口内に苦味と鋭い辛さが走り、まるで舌先に火を灯されたようだった。


 翌日から、世界が変わった。


 和馬の口から出る言葉が、すべて真実しか話せなくなった。


 「その服、似合ってないよ」「今のプレゼン、退屈だった」「君のこと、本当は好きじゃなかった」


 職場で孤立し、友人も離れていった。恋人には平手打ちされ、家族は困惑の眼差しを向ける。


 「なんで……俺はただ、思ったままを……」


 神味堂を訪れると、閻魔は言った。


 「嘘は悪か? 真実は正義か? それを決めるのは、お前自身だ」


 和馬は数日、誰とも話さなかった。

 言葉の持つ重さ、刃のような力を、ようやく実感していた。


 やがて彼は、ひとつの選択をした。


 言葉を選び、沈黙を尊び、嘘を「やさしさ」としてではなく「責任」として使うことを。


 数年後、彼はカウンセラーになっていた。


 「無理に話さなくていい。でも、あなたの気持ちは、ちゃんと届いてる」


 和馬の言葉には、嘘がなかった。

 だからこそ、人は彼の前で素直になれた。


 閻魔大王の味噌汁は、彼の舌からは消えた。

 だが、その火は、いまも胸の奥で静かに灯っている。


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