第12話 「酒吞童子の味噌汁 〜呑むか呑まれるか〜」

 青年・克也は酒が好きだった。

 辛い日も、嬉しい日も、いつもコンビニの缶チューハイ片手に酔っていた。


 「もっと強くなれたらな。飲んでも潰れない、伝説の酒豪に──」


 そんな夜、酔った勢いでふらりと入った古びた屋台、神味堂。


 「その願い、聞き届けた。酒吞童子の味噌汁を呑みなさい」


 味噌汁とは思えない、芳醇な香りと微かな苦み。喉を通った瞬間、全身に火が灯るような熱が駆け抜けた。


 翌日から、克也は酒に全く酔わなくなった。いや、それどころか飲むほどに力がみなぎる。

 宴会では一人で一升瓶を空け、場の中心に。


 居酒屋で、バーで、祭りで──彼の名は“現代の鬼神”として広まった。


 だが、力は次第に彼を蝕んでいく。

 記憶が飛び、気がつけば喧嘩の現場。割れたグラス、倒れた友人。笑い声のない朝。


 「これ……俺か……?」


 自分の手が、知らない誰かのようだった。


 克也は再び神味堂を訪れた。


 「酒に呑まれるとは、己を見失うこと。お前は今、鬼と人の境を歩いている」


 味噌汁を啜った唇に、かすかに残る辛み。


 克也は酒を断った。

 代わりに選んだのは、誰かと語り合える温かい湯呑みと、笑顔の残る夜だった。


 時折、彼は乾杯の前に言うようになった。


 「呑むのは酒じゃない。人との縁だ」


 鬼神の力を持った男は、人の道を歩き始めたのだった。

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