第10話 「福禄寿の味噌汁 〜幸運の連鎖〜」

 誰にでも、運のいい日と悪い日がある。

 だが、佐藤渉の人生は、いつも"普通"だった。


 宝くじは末等、恋は片思い止まり、仕事は地味で目立たない。


 「一度でいいから、運だけで勝ち組になってみたいな……」


 そうこぼした帰り道、路地裏にぽつんと現れた神味堂。


 「福を、欲するか」


 店主は無表情で味噌汁を差し出した。具材は、ひょうたん、長寿昆布、金粉の浮いた豆腐。香りは上品で、どこか清々しい。


 一口飲んだ瞬間、世界が輝き始めた。


 ・道に落ちていた宝くじが1等

 ・電車で隣に座った女性が芸能事務所のスカウト

 ・拾った財布を届けたらテレビ取材が殺到


 渉の人生は、一夜にして激変した。


 仕事を辞め、タレント活動を始めると、全てがうまくいった。CMに映画、出版契約――まるで"幸運"がすべて導いてくれる。


 だがある日、ふと気づいた。


 「……俺、何か成し遂げたっけ?」


 成功の中に、努力の記憶がない。称賛の声に、自分自身の実感が追いついてこない。


 ある子どもからサインを求められたとき、問いかけられた。


 「どうしてそんなにすごい人になれたの?」


 答えられなかった。


 その夜、神味堂を再び訪れた。


 「幸運は連鎖する。だが、どう使うかで価値は決まる」


 渉は考えた末、自らの財と名声を活かし、児童養護施設への支援を始めた。


 運で得た成功を、自分以外の誰かの未来につなげる。それが、彼にとって本当の"幸運"の使い道だった。


 今、彼のSNSのプロフィールにはこう書かれている。


 ――“福は独り占めせず、誰かに分けるもの”――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る