第3章:神々の戯れ

第9話 「八百万の神の味噌汁 〜味が多すぎる!〜」

 神味堂の屋台に、今日も一人の若者がやってきた。


 名前は青山陸、二十五歳。特技は特にない。最近失業したばかりで、運命を変える何かを求めてふらふらと歩いていた。


 「すべての運を引き寄せたい……いや、神の力全部とかって、無理かな?」


 そんな軽口を叩いたら、神味堂の店主はにやりと笑った。


 「あるにはある。『八百万の神の味噌汁』。ただし――おすすめはしないぞ」


 気になってしまった陸は、迷わずそれを注文した。


 鍋の中には、雷、風、火、海、稲、愛、戦……何十という力がぐつぐつと煮込まれている。


 一口すすると、途端に視界がぐるんと回り、頭の中にいろんな神々の声が響いてきた。


 『お前に武運を!』『いや、恋愛成就こそ優先だ!』『火を使え!雷も落とせ!』


 ――結果。


 陸はその日から、とんでもない能力の暴走状態に突入した。


 ・電車に乗ろうとしただけで、雷が落ちてドアが壊れる

 ・コンビニでおにぎりを手に取ると、棚ごと稲が実る

 ・道端の猫に話しかけただけで、愛の神が介入してプロポーズしてしまう


 能力は多すぎると、ただの混乱だと知った陸は、再び神味堂を訪れた。


 「返す方法は?」


 「八百万の神に、一つずつ謝るしかないな」


 全国行脚が始まった。


 陸は神社を巡り、お詫びとお礼を伝えるたびに一つずつ能力が消えていった。最初は面倒だったが、次第にその土地土地の人々と出会い、神々との繋がりを感じ始めた。


 そして最後の一社で祈ったとき、ふと、体が軽くなった。


 「……もう、何もない。でも、なんか楽しいかもな」


 神の力が消えても、陸の人生は確かに変わっていた。


 今では全国を回って神社の魅力を伝えるライターとして活動している。彼の一冊目の著書のタイトルはこうだ。


 『味が多すぎた話 〜八百万の神の味噌汁紀行〜』

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