第7話 「雷神の味噌汁 〜怒りの一撃〜」

 繁華街の裏路地、怒鳴り声がこだまする。


 「ふざけんな!こっちは待ってたんだよ!」


 タクシーの運転手と口論しているのは、会社員の風間仁。筋トレが趣味の彼は、怒りっぽいことで有名だった。理不尽なことには黙っていられず、仕事でも私生活でも衝突が絶えない。


 その夜、上司に理不尽な叱責を受けた帰り道、仁は拳を握りしめながら路地に入った。


 そこで、ひときわ異質な屋台の明かりに出くわす。「神味堂」の暖簾が風に揺れていた。


 「イライラしているようじゃのう。そんなあなたにぴったりな一杯がある」


 老人が出したのは、雷神の味噌汁。


 香りは刺激的で、唐辛子のような辛さと、焼けた鉄の匂いが鼻を突く。具材は豆腐、こんにゃく、そして雷光のように金色に輝くネギ。


 仁が一口飲むと、全身が電気のような衝撃に包まれた。筋肉が震え、視界が冴え、周囲の音がクリアに聞こえる。


 「……すげぇ。力が、湧いてくる……!」


 その日から、仁はまるで別人のようだった。重い荷物も片手で持ち上げ、営業先では言い訳一切なしに問題を解決。部下や上司も彼に一目置くようになった。


 だが、変化はすぐに裏目に出始める。


 部下のミスに「なぜできない!」「甘えるな!」と怒鳴り散らし、顧客の些細な注文変更に「俺に指図すんな!」と激昂。


 力に飲まれた仁の周囲から、人が一人、また一人と離れていった。


 ある日、自宅でスマホに届いたメッセージは、たった一文だった。


 ——もう限界です。ごめんなさい。


 それは、恋人からの別れの言葉だった。


 その晩、仁は再び神味堂に戻った。


 「力は、怒りを強めるが、心を狭くする。お前は何を望んだ?」


 仁は無言で、再び差し出された味噌汁を受け取った。


 今度の味噌汁は、前よりもまろやかで、雷のような辛味の奥に、ほのかな甘さがあった。


 翌朝、仁は会社で初めて「ありがとう」と言った。部下に頭を下げた。


 力を得ても、人を傷つければ意味がない。


 雷は破壊もするが、同時に恵みの雨も呼ぶ。


 それを知った仁は、怒りではなく、思いやりの力で歩き出した。


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