第4話 「稲荷神の味噌汁 〜商売繁盛の秘訣〜」
夕暮れ時の商店街。
シャッターが閉まった店が並ぶ中、一軒だけ明かりの灯った古びた雑貨屋があった。店主の名は加藤敬三。かつては地元の子どもたちが集まる賑やかな店だったが、今では客足も遠のき、借金の返済に追われる日々だった。
「どうして、こうなっちまったんだろうな……」
敬三は帳簿を見つめながら頭を抱えていた。そんな彼の耳に、小さな鈴の音が響く。ふと顔を上げると、店の奥に続く裏路地に一軒の屋台が出ていた。
『神味堂』と書かれた木の看板。どこか幻想的で、現実の延長とは思えない雰囲気に誘われるまま、敬三はふらりと足を運ぶ。
屋台の主は年老いた男。着物に前掛け姿で、静かに湯を沸かしていた。
「ようこそ。今日は、どんな願いを?」
敬三はためらいながらも打ち明ける。
「店を……もう一度、立て直したい。売れる店にしたいんだ」
老人はしばらく考えた後、にやりと笑った。
「ふむ。では——稲荷神の味噌汁を」
狐神・稲荷神は商売繁盛を司る神。その味噌汁は、白味噌に甘く炊かれた油揚げが浮かび、黄金色の輝きを放っていた。
「甘い中に、辛味もある。油断するでないぞ」
そう言われて口をつけると、身体の芯から熱が湧き上がり、頭の中が冴えわたっていく。まるで商売の勘が研ぎ澄まされ、次に何を仕入れ、どんな戦略で売ればよいかが手に取るように分かる。
翌朝から、敬三の店は一変した。
仕入れた品は瞬く間に売れ、イベントやSNSを活用して話題を集めた。若者が押し寄せ、テレビ取材が入り、売り上げは右肩上がり。
借金も返済し、商店街で唯一の成功者とまで言われるようになった。
しかし——
ある日、店の隅で長年働いていたパートの老婦人が、静かに辞めていった。
「……最近の店には、もう私の出る幕はないからね」
子どもたちが駄菓子を手に笑っていた姿は消え、今では高価な雑貨が整然と並び、客も一見客ばかりだった。
「俺は……何を目指してたんだっけか……?」
敬三は、再び『神味堂』を訪れた。
老人は静かに彼を迎え、何も聞かずに、同じ稲荷神の味噌汁を差し出した。
今度の味噌汁は、前よりも少しだけ塩辛く、けれど温かく感じた。
敬三は店に戻り、棚の一角を駄菓子コーナーに戻した。
小さな子どもが「おじさん、これいくら?」と声をかけてくる。
「へへ……今ならおまけつきだ」
そこには、かつての笑顔と、商売の原点があった。
利益ではなく、喜ばれること——それが、真の商売繁盛の秘訣だったのだ。
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