第13話 「戦場の英雄の選択」
― 勝利より大切なもの ―
灰色の雲が低く垂れこめ、遠くで雷鳴が鳴っていた。
神社の境内にも不穏な空気が漂う。
時折吹き抜ける風は冷たく、葉擦れの音も、どこか緊張に満ちている。
俺――ご神木の根元には、朝から兵士たちの姿が絶えなかった。
いつもは子どもたちの笑い声や家族の祈りが交じるこの場所が、
今は鋭い眼差しと重い沈黙に包まれている。
この国に戦が迫っていた。
国境を巡る争いはついに全面衝突となり、王都にも不安が広がる。
最前線に立つ兵士たちだけでなく、その家族、村人、老いも若きも、皆が神に祈りを捧げていた。
その日、拝殿の前に現れたのは、一人の青年将軍だった。
鎧の肩には幾つもの傷跡。
年齢よりも深い苦悩が、その顔に刻まれていた。
将軍――名をレオニス。
若きながら多くの戦で武勲を上げ、“白獅子”の異名を持つ。
民衆からは英雄と讃えられ、兵たちからも絶対の信頼を集めていた。
だが、その背負うものはあまりにも重かった。
レオニスはゆっくりと膝をつき、静かに目を閉じた。
「神よ――
どうか、私の軍に勝利を……。
この国と民を守るために、どうか“力”を貸してほしい」
その祈りは真摯だった。
単なる勝利の欲ではない。
戦場で倒れゆく仲間たちの姿、泣き崩れる家族、焼かれる村。
すべての重みが、その願いに込められていた。
俺は静かに枝を揺らしながら、その祈りの本質に向き合っていた。
(勝利を望む心の裏には、守りたいものがある。
けれど“勝つ”ことだけが正義なのか?
戦の果てに何が残るのか、俺は幾度となく見てきた)
レオニスは戦場の天才だった。
だが、彼の心の奥底には、血にまみれた勝利に対する深い疑念が渦巻いていた。
“本当にこれが、自分の選ぶべき道なのか――?”
その晩、レオニスは軍の野営地に戻った。
夜の帳のなか、彼は自分の部屋で古びた手紙を取り出した。
それは幼い日に亡き母が遺した、たった一通の手紙だった。
「レオ――
どんな時も、人を守るために剣を取るのだよ。
でも、心が苦しい時は、その剣を置いてもいい。
勇気は戦うことだけではなく、譲ること、歩み寄ることにもあるのだから」
母の筆跡を指先でなぞりながら、レオニスは静かに涙を流した。
勝利か、和解か――
戦場の英雄に課せられた選択は、ただ戦うこと以上に、己の魂を削るものだった。
翌朝、敵軍との最後の会談が設定された。
大義の前で膝を屈することを拒む将軍たちの中、レオニスは一人深く思索する。
戦端を開けば、確かに自軍が勝つ可能性は高い。
だが、その果てに残るのは、新たな復讐の連鎖、民の嘆き、王都の荒廃――
真の「勝利」は、果たしてどちらなのか。
(俺は奇跡を起こすことができる。
だが、戦場に一方的な勝利をもたらしても、本当に救われる者はいない――)
俺はそっと、レオニスの心に“ある選択肢”を示すことにした。
風が彼の頬をなで、ふいに母の声が心に蘇る。
「譲る勇気も、英雄の誇り」
会談の場。
レオニスは剣を置き、静かに語り始めた。
「私は戦うためにここに来た。
だが、もうこれ以上、血を流したくはない。
もしもこの場で、互いの民の命を守る道が選べるなら、私はその先頭に立つ」
敵将は最初、訝しげにレオニスを睨んでいたが、やがてその誠意に心を動かされた。
激論の末、両軍は停戦と和解の道を選んだ。
戦いは回避され、多くの命が救われた。
だが、一部の将兵や民の中には「臆病者」「負け犬」とレオニスを罵る者もいた。
それでも、レオニスは静かに微笑んだ。
家に帰る兵士たちの笑顔、泣きながら彼に感謝する母親、
再び開いた市場や村の暮らし――
それこそが、自分が守りたかった「勝利」だった。
戦の後、レオニスは一人、神社を訪れた。
誰もいない境内で、ご神木の前に静かに頭を垂れる。
「神よ――
私はあなたに“勝利”を願った。
でも、最後に得たものは、“譲る勇気”と“生きる命”だった。
どうか、これからもこの国に平和の風が吹きますように」
俺はそっと枝を揺らし、一枚の葉を彼の肩に落とした。
(英雄とは、ただ剣を振るう者ではない。
誰かの命を守り、己の信念を貫く者こそ、真の英雄――
勝利よりも大切なものは、きっとその心の奥底にある)
遠雷はいつしか消え、雲の切れ間から柔らかな光が差し込んでいた。
俺は今日もまた、人々が何を守り、何を願うのか、静かに見守り続けている。
『異世界のパワースポットに転生したら、毎日願い事がしんどい』 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter
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