団地教

日野球磨

第1話


 新興宗教津々浦々。

 探してみると、意外にもそこかしこにそう言うのは存在している。

 点在している。

 この現代において、それらの宗教のすべてをペテンだと言い切ることは簡単だ。神の御業の悉くは科学によって否定されている現在において、そのすべてが詳らかにされるのだって、やはり時間の問題といったところか。


 そんな時代に生まれて、神秘を説くなんて、それこそ頭のイカれた人間の仕業なんじゃないかと思うに至ったのが、三十二歳の秋だ。


 無論、前々から私にはそう言った考えがあったことは否定しない。にわか仕込みの学術知識が裏付けした無神論。根拠のないものは信じない。そもそも宗教というものは、実際にあった出来事などではなく、民衆をまとめるために生まれた扇動術の一種であるというのが、私が三十二年の人生の中でひねり出した答えである。


 そこから私は、宗教というものをひどく毛嫌いするようになった。


 宗教法人という言葉を見るだけで吐き気を催し、それらしい勧誘などが来ようものなら怒鳴って帰らせるほど。ともすれば私の眼には、彼らがネズミ講や融資詐欺師のように見えていたのだろう。


 だから宗教というものは酷いペテンであり、それを信仰する人間というものは、世間知らずの阿呆なのである。


 ……。


 この話は、私の家にある手紙が届いたときから始まる。


 それが届いたのは、三十五の春のこと。

 軒先のポストに投函されていたのが、『都咲みやこざき団地教』と書かれた封筒である。


 この手の勧誘は枚挙にいとまがなく、またひどく悪質であると私は考えている。というのも、これがもしも訪問勧誘であるのならば、こちらが一つ怒鳴り返せば、蜘蛛の子を散らすように逃げていくし、それだけすれば次からその勧誘が来ることは無くなるのだから、その後に気を揉むことはない。


 けれどこの手の勧誘はなんとも七面倒くさくてかなわない。


 届いた先から破り捨てることもできるのだけれど、それをしたところでまた次の勧誘が届くだけ。過去にその手のチラシをそのまま送り返したこともあるけれど、結局は新しい勧誘のチラシが届くだけ。そうして何度も何度も朝刊の如く届けられるそれらに嫌気がさして、直接本拠地にまで行って、目の前でチラシやら封筒やらを破り捨てるまで、勧誘の投函は止まらないのだから、面倒くさい。


 そもそもなぜこのようなものに、私が労力を割かなければならないのか。きっと奴らにはそんなことを考える脳みそすらないのだろう。自分たちの息苦しさを他人のせいにして、信じていれば誰かが救ってくれると思うような人種である。まさか自分たちが世間に迷惑をかけているだなんて、つゆほども思っていないのだろう。


 だから私は、投函されていた都咲団地教なる団体の封筒を破り捨て、その日は封筒のことなどきれいさっぱり忘れ去った。


 そして次の日、またもやポストに同じ封筒が投函されていたことに気づき、額に血管が浮き出るほど憤慨した。


 そして次の日も、さらにその次の日も。

 その封筒は私のポストへと投函される。それが五日も続いたある日、投函し続ける人間を捕まえてやろうと考えて、まだ日も登らない時間に起床し、早朝からポスト前を監視した。


 けれど当の犯人は、私が起きるよりもさらに前にポストへの投函を済ませており、午前七時頃にようやくその事実に私は気づいた。


 コケにされた。

 そんな感情がぐるぐると私の中に渦巻いたのはその時だ。


 連日にわたって宗教勧誘の手紙を投函すること自体が、既に悪戯の範疇を軽く超えた行いで、既に私の頭の中は、ここまでしてくれた犯人にどんな仕返しをしてやろうかという考えで、燃え盛る炎の如く真っ赤に染まっていただろう。


 そして私は封筒に記載された住所を辿り、この悪戯の犯人を突き止めるべく車を走らせたのだ。


 行き先はもちろん、封筒に記載された『都咲団地教』と呼ばれる宗教だ。ネットを調べたところ、それは五年前に創設された新興宗教であるらしく、私のところへと厚かましく勧誘を続けるのも、おそらくは思ったよりも信者を増やすことができずにいるからだろうと、簡単に予想ができた。


 まったくなんと意地汚いことか。結局、そのような宗教を作る人間というのは、教主という座に甘んじ、楽して金を儲けようとたくらむような矮小な人間なのだろうと、私の頭が勝手気ままに送り主の人物像を作り上げていく。


 人好きのする人相が浮かべる胡散臭い笑顔。口を突いて出てくるのは舌触りのいい言葉。そこにちょっとした警句とありがたい神からのお告げを乗せて、法衣のような服をあしらった装い。


 居城はきっとキリストかぶれの教会染みたところだろう。いや、古くからの宗教の分派という設定を伝えるために、山奥の寺子屋染みた木造建築の可能性だってあるだろうか。


 そんな毒にも薬にもならないことを、アクセルと共に強く踏み込み加速させた私は、一時間もしないうちに『都咲団地教』とやらの本拠地へとたどり着いた。

 それから少し離れた空き地に車を止め、その住所に記された建物を見て、そして思う。


 ここが本当に、宗教の総本部なのか?


 というのも、たどり着いた場所は、予想通りに人里離れた山間部であったのだけれど、そこに建てられたのはキリスト教圏で見られるような教会でなければ、寺や神社を思わせるような木造建築でもなく、ともすればモスクや礼拝堂といったような、存在自体が宗教そのものであるような建築物から遠く離れたものが、そこには佇んでいたのだ。


 団地だ。

 都会にてみられる集合住宅地。その四棟がまるまる山奥の山間部に聳え建っていたのだ。


 それが建つのは山の斜面であり、建物は山を背面に東を向いていて、見える限りでは縦に五階、横に七部屋、それが車幅三台分ほどの間隔を開けて、段々畑のように階段状になって陳列されている。


 街からほど近い山間部。その誰も使わないであろう緩やかな傾斜の土地を活かし、住宅として利用できるように開発するという計画は、地元でなくとも耳に挟んだことはあるけれど。


 実際にそのような場所に足を運んだのはこれが始めてのこと。

 いや、そもそもだ。

 ここがもし、団地のような集合住宅地であるのならば、それにしてはあまりにも人気が無さ過ぎる。


 時間は午後四時ほど。子供がいるなら外で遊ぶし、団地に住む住人たちが窓辺や周辺で活動をしていてもおかしくない。いや、そもそもどこの部屋を見たところで、洗濯物やカーテンのような、生活感を醸し出すアイテムが一つもないのである。


 ともすれば廃墟。

 鋭く伸びた山間の影が、敷地に夜を作り出している。それがより一層、この団地を恐ろしいものに作り替えていた。


 もちろん、四棟すべての窓際を観察できたわけではない。そもそも、私のいる場所はそれら団地から少し離れた場所だ。


 私が立つのは、団地近くの空き地。道路と林の間に車一台分空いた隙間で、そこに駐車し、少し離れた場所から団地の全体像を眺めている。


 気分は戦場の偵察兵であるけれど。

 それを忘れるほどに、その団地は異様な姿をしていた。


 いや、そもそもこんな場所に団地が建てられていることが異常か。


 私は自分が持ってきた、都咲団地教の封筒を見た。


 その名前に団地が入っていることから、ここがその宗教施設であることは間違いはないのだろう。けれど果たして、このような施設が、新興宗教らしく活動しているようにはとてもじゃないが思えない。


 そもそも、この団地教の前に付いた都咲という言葉の意味も不明だ。この山間を含め、ここら一帯の地名に都咲という土地はない。かといって人名とも思えない。


 ネットを見たところで、大した情報もない。


 都咲団地教。

 五年前に創設され、以後は新興宗教として活動している。

 昨今の孤独社会に憂いた宗主によりこの宗教は創設され、信者には宗教施設が運営している住居が与えられる。そこで信者同士で交流することにより、社会に蔓延する孤独を取り除き、平和で充足した日常を送れるように支援する。


 教祖、多々良たたらたかし――


 これだけだ。

 となると、この団地はその信者たちが住まう宗教施設ということなのだろうか。


 だとしても、どうしてこの封筒が私の下に届いたのか、まったくわからない。

 けれどここで引き返したところで、翌日にまた同じような封筒が届くのも嫌なので、私はそのまま、団地のさらに向こう側に見える駐車場へと車を走らせた。


 斜面にできた駐車場もまた、階段状の構造になっており、一つの段に二列四台の車が止められるようになっている。駐車場の傍らには緩やかなコンクリートの坂道があり、そこが駐車場唯一の出入り口となっているようだ。


 最上段が来訪者向けに解放されていると看板の案内には書かれており、下段の駐車場はすべて居住者用のスペースとのこと。なので私は、最上段の最も出入り口から近い場所に車を止めた。


 車から降りる。


 ひび割れたコンクリートを踏みつけ、私は団地の方へと歩いた。

 ただ、それが眼前に迫ったところで、ふと立ち止まり考える。いつもであれば、勧誘活動の停止を訴えるために、宗教団体本拠地のエントランスへと乗り込んでは、受付に一つ二つ文句を言っているのだけれど、果たしてこのような集合住宅に、そんな場所が存在するのか。


 いや、どうでもいいか。

 とりあえず、この住所に書かれた場所がここであるのなら、このどこかに送り主が住んでいるはずだ。


 ありがたいことに、この封筒に記されている住所はこの団地の位置だけ。部屋を示すような記載はどこにも見当たらない。探すとすれば、団地の住人に訊くしかない。


 そうして私は再び歩き出し、階段状に並べられた団地の、一番高い所へ足を向けた。


「すまない。誰かいないだろうか」


 団地の一階の一番端。錆びかけた鉄扉をドンドンと叩いて、住人を呼ぶ。

 してみれば、どこか生気のない、幽霊のような老人が中から現れた。

 年齢は、還暦を少し過ぎたあたりだろうか。おそらくは男。既に背は曲がっており、随分と視線を下げて話さねばならぬだろう。顔に刻まれた皺は深く、その顔には迷惑そうな表情が仮面のように張り付いている。


 老人は言う。


「どちらさまですか?」


 私は言う。


「この封筒を私の下に送った人間を探している。都咲団地教なる団体の人間らしいが、何か知っていることはないだろうか」


 私の話を聞いた老人は、なにやらもごもごと口を動かす。それからぼそぼそと、何を言っているか聞き取れないように何かを呟く。


「何か知っているのか!」


 私は怒鳴った。

 すると老人は、ピタリと何かを呟くのを止めて、もう一度、はっきりと聞こえる声で言うのだ。


「何の目的か知らんが、帰った方がいい。大人しく、来た道をまっすぐな」


 それだけ言った老人は、踵を返して扉を閉めてしまった。


「おい! どういうことだ!」


 ドンドンと扉を叩いて、今の言葉の意味を問いただすけれど、中から返事が返ってくることはついぞなかった。


 だからその部屋は諦めて、次の部屋にあたるけれど。


「おい! 誰か! 誰かいないのか!」


 どの部屋の扉も固く閉ざされ、私の訪問に鍵が開く気配はなかった。おそらく、私の怒鳴り声が聞こえてしまったからだろう。こうなってしまっては、話を聞くこともままならない。


「くそう! このまま帰れるか!」


 しかし、ここまで来た以上、何もできずに帰るということもできなかった私は、封筒をくしゃくしゃになるまで握りしめて、各部屋を訪問した。訪問、と言ってもやはりどの部屋も扉を閉じて沈黙を貫くばかり。


 本当にこの団地が廃墟なのかと思うほどに、人に遭遇することができないまま、一時間が経過した。


 最上階へと続く階段から、沈みゆく太陽を見下ろす私は、大きなため息を付いた。ムキになった私だけれど、徒労感ばかりの捜索には流石に辟易としたものがたまってくる。


 早くこのまま犯人を見つけ出し、悪戯を問いただした後、二度と封筒を送り付けてくるなと忠告して、家に帰りたいものだ。家に帰ったら……そうだな。疲れをいやすために風呂に入ろう。それから、風呂上がりには、熱燗を一杯。たしか冷蔵庫に、親戚からもらったタケノコがあったはずだ。辛く味付けしたタケノコは絶品なんだ。


「ああ、早く帰りたい」


 そう口に出して登った団地の最上階。


 階段を上ってすぐの部屋を前にしたとき、ふと私は違和感を覚えた。


 人気がない。

 今まで訪れた部屋は、扉を前にしたとて、どこか人の気配を感じていた。けれどこの部屋には、そう言ったものが一切ないのだ。それを不思議に思った私は、ふとドアノブに手を回していた。


 鍵は掛かっていなかった。


 さび付いているのか、蝶番が不気味な音を立てて扉の開帳を報せる。そうして開いた部屋は、まるで怪物の口の中のようにおぞましく私を迎えるけれど。


「……なんだ?」


 香りがした。

 ちょうど私が思っていた、タケノコを茹でる香りが。


 香りに惹かれて私は家の中に入る。部屋の中は畳張りの八畳間と広く、外から見た団地の形には似つかわしくないように思えた。部屋がもう一部屋あるのか、部屋の奥に襖がある。


 そしてタケノコのにおいは、八畳間の和室の真ん中にある、少し古びたちゃぶ台の上からしているようだ。


 ちゃぶ台の上には、見覚えのあるカセットコンロが置いてあり、その上にはこれまた見覚えのある鍋の中に、ぐつぐつと煮立った水とタケノコが入っている。


 その横には、私がよく買っている熱燗が添えられている。


 まるで、私が思い描いていた光景そのままに。

 いや、おかしい。私の家は和室はあれど一軒家だし、和室も八畳間ではない。普段使っているのは洋室で、カセットコンロだって――カセットコンロ?


 私は、今もごうごうと炎を滾らせるカセットコンロをよく見た。

 そして気づく。どうりで見覚えがあるはずだと。


 このカセットコンロは、私の幼少期、実家の家で使っていたものだ。そう思えば、この鍋だってそうだ。採れたてのタケノコを、母が茹でているのによく使っていた。


 なぜ、と私は呟く。

 私の母はもう死んでいて、実家は取り壊した後なのに。


 思えばこの八畳間だって――いや、流石にそんなわけはない。まさか無くなった実家の、私の部屋によく似ているだなんて。そんな出来過ぎたことがあるはずがない。


 私は。


 私は――


「あら、お帰りなさい」


 奥の襖から、死んだはずの母が顔を出した。


 それからのことはよく覚えていない。

 タケノコを食べた気がするし、他にも懐かしいものを食べた気もする。


 ただぼんやりと。昔のことを思い出しているみたいな時間が続いた。


 だから私は、昔に帰りたかったんだと思う。

 宗教に入れ込んだ母親が、借金をこさえて自殺した。

 そんなことが起きる前の、平和だったあの時間に。


 春には近くの山にタケノコを取りに行って、近所の人と分け合いながら家に帰り、道中で拾ったつくしと一緒に食べる。平和だったあの時間に。


 ……だからあんた。


 もしもここの次の部屋に行くってんならやめておいた方がいい。

 奇跡を信じてないってんなら尚更だ。


 ここはそう言う人間をどこからか呼び寄せては、奇跡を見せて閉じ込める場所だ。……閉じ込めるって言ったって、別に出る分にはいつだって抜け出せるんだけどな。


 抜け出せるわけがないんだよ。

 この奇跡は、ここを出たらすぐにでも消えちまいそうで、失ってしまいそうだから。


 だから、ここから出ろなんて言わないでくれ。


 人から見たら、私は確かに狂っているのかもしれないけどさ。

 でも気にしないでくれ。


 これが私の幸せなんだ。

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