2 誰かの声
アニタがあえてそう言ったのであればおそらく本当に人の声に聞こえたのだろう。
アニタは非常に耳が良い。スピーカーから流れたものなのか、それとも生身の人間がいて発した声なのか区別がつくという奇妙な特技を持っている。施設内の自動音声であればそう言うはずだ、はっきりと声が聞こえたと言ったのだから自分以外に誰かいるのではと思ったようだ。
「ここが放棄されてどれくらい経っているかもわからんからな。もしかしたらまだほんの数日しか経っていなくて、誰か住んでいるのかもしれん」
「確かに。最後の記録は、四百八十時間前か」
「いたり尽せりのライフラインの部屋に閉じ込められていれば生きている」
故障した宇宙船から生きた人が三ヵ月後に発見されたという事例もある。人が生命活動維持できる最低限の条件を満たしていれば、かなり生存率が高くなった世の中。これだけの設備が残っているのなら、確かに生存者はいるのかもしれないが。
「そういえばお前はまだ死者が漂っている空間と遭遇したことがないな」
「あー、何かあるよねそういうオカルト話」
宇宙での死はかなり悲惨な迎え方をすることが多い。徐々に抜けていく酸素にもがき苦しみながら窒息していった者や、宇宙に放り出されて絶望を味わうものなど。
宇宙空間では腐敗が進まないため苦悶の表情をして、ガスでパンパンに膨れ上がった人間が漂っているのはよくあることだ。それは施設内も同じである。そのためこの仕事をしていると死体に慣れてしまうものだ。アニタも何度もそういう遺体と向き合ってきた。
「実際のところどうなんだろうね、魂とか」
「あるかどうかの証明ができないからそれに対する答えは持ち合わせていない。信じているかどうかと聞かれれば信じている」
「やっぱりそうだよね、そんな非現実的なこと……は?」
「古来より幽霊とは美しい女性が元だったことが多い。幽霊となったら悲惨な姿だが生前は美しい美女だった。つまり美しい女性そのものだ」
「幽霊さん逃げて」
日頃話している大昔の小さな島国の話だろう。そういえば光る植物から美少女が刈り取られたという話も信じていた。
「それはそうと。こういうときの鉄則はなんだ」
「無視、助けようとしない」
「正解だ」
様子を確認したり助けに行くべきだ、という時代は終わった。慎重になることと好奇心は全く違う、たとえ相手が助けを求めていたとしても。ソレが細菌兵器に感染していたら自分たちの命がないのだ。
見ず知らずの助けを求める相手は見捨てる。それがこの職業の鉄則である。
(でも実際目の前で助けを求める人がいたら、俺見殺しにできるのかな)
さすがにまだその経験は無い。同業者と遭遇したことがあるくらいだ。そんなことを考えていたらデルからは「未来のことを考えるのはこの世で最も不毛で無駄な時間だからやめておけ、未来は誰もわからない」と言われた。
(変なおっさんの癖して、やっぱりこういう時はちゃんとしてるんだよな)
人として全く信頼できないが、人としてとても信用できる。そんな不思議な男なのだ、デルは。
「じゃ、声が聞こえ方は近寄らないことにして」
「一応確認しておこう、どんな声だった」
「女の子」
「今すぐ救助にむかえ、美少女が待ってる」
「おいコラおっさん、今までの会話の意味は」
「よし、お前はそのまま水を探せ。私が行く」
「あああ! わかったよ今から様子確認してくるから! デルは絶対にそこから動くなよ、ちゃんとチャージできてるか確認しろや!」
アニタを行かせるためにあえて煽るようなことを言っているのかと最初の頃は思っていたが。彼がこう言った時は本当にただ単に自分が行動したいだけなのがこの半年でよくわかった。
「敵じゃなければここについて色々と教えてもらえるかもしれないしな!」
わざと大声で言って無理矢理自分を納得させる。耳をすましてみても先程の声は聞こえないが、通路が一本道となっていたのでどうやらこの先で間違いなさそうだ。
「とりあえず防衛システムのロボットじゃありませんように! 鬼ごっこになりませんように!」
これまた呪文のように繰り返しながら一本道を進んでいく。途中何回か扉があったものの全て手動で開けることができた。システムダウンした後は緊急用で人が脱出できるよう、手動で扉は開く仕様になっているのだ。
そして奥の部屋の前までたどり着く。人の声は聞こえないが、アニタの耳には確かに何かの音が聞こえた。
「かつん、っていった。入るよ」
「……」
「ありゃ、ここは通信だめか」
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