4
次の日までに僕は一切を手放してしまった。寄る辺もなく足場の無いバルコニーから最後の煙を吐き出している。
S嬢には悪いことをしたかな。あんな生意気娘でもちっとは気に入っていたんだ。将来が心配でないかと言えば、そんなこともない。だが落伍者の僕に心配されたがるタマでもないだろう。
「フー」
庭には桃が見える。もう葉っぱの出てしまった桃。越してきたのは秋口だったから、実をつけるかなんてわからない。どっちにしろ、僕が見ることはないだろう。
吸い殻を投げ捨て、僕は引き出しを開けた。
中には裸の白い錠剤が入っている。茉莉が買ってくれた(僕が買った)これはアダリンだ(そんなわけあるか)。睡眠の作用(そんなの無いんだよ)。僕はそれを一服ぼりぼり噛んでみて(あーあ)、現世がするすると遠のき、死んだような気分がする(グッ・バイ)。
アスピリン、アダリン、アスピリン、アダリン。
「ペギンダン――百忍堂中有泰和」
「先生のちっぽけな自尊心がたまらなく可笑しくって!」
「辞めるよ」
マルクス、マルサス、マドロス、アスピリン、アダリン。
ぐるぐると夢心地で、そのうち僕は本当に眠ってしまった。夢なんて見られないほど深い、深い睡眠の中で、それでもちかちかと一筋の光明が――
――いっそ、本当に死んでみる?
「夏融!おい、夏融!」
(アスピリン、それとも――本当にアダリン?)
「しっかりしろ、このっ――馬鹿野郎が!」
僕はKの硬い手に殴られて目が覚めた。じんわりと血の味がする。
「何してるんだ、全く――君みたいな男やもめでも死んだら困る人間がいることを忘れないで欲しいな」
「大家とか?」
「軽口はよせ」
Kは懐から煙草を出し、恵んでもらおうとした僕の手はぴしゃりと叩かれた。
「昨日のことを人づてに聞いてピンと来たんだ」
「君の耳はまるでゴシップ磁石だな」
「よせと言ったろ」
Kがもう、活火山みたいにいらいらしているのがわかったから、僕は少し反省した。
「僕と違って学生の身分も失ったくせに、どうしてこうも思いきりがいいかなあ!」
彼は財布から
この金で花でも買おうかしら?
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