3
その疲れきった僕を法政大学のK君が連れ出した。彼は映画を見ようと言った。僕も見よう見ようと言った。
他愛ない映画だった。僕らは二言三言感想を言い合って、少しだんまりになった。Kが言った。
「茉莉と別れたって?」
「そうかもしれない」
「かもしれないって、当事者第一号のくせに」
Kは全部知っているふうに笑った。
「その茉莉だがね、この間それらしい女を見かけたよ」
「人の数だけが取り柄の東京で、ずいぶん目ざといんだ」
「知ってる顔くらい遠くからでもわかるだろ」
そうなんだろうか?僕にはわからない。だいたい視界は煙まみれで、五里先だってよく見えない。
「男を連れてたよ。ほら、出血サービスで写真だって取ってやったんだぜ。この、がっしりした、お前と反対の。でも駄目だなー。すぐ浮気しそうな風情だったよ。やっぱり浮気女には浮気男がつくんだ――」
Kは茉莉についてのよからぬゴシップをいくつも並べた。僕はあんまり聞く気がしなかった。
「――つまりだ、どうしたって浮気したほうが悪いってことさ、ん?二股断罪、独身万歳!これに尽きる」
Kのいたずらな慰めは僕の心をちっとも軽くしなかった。当たり前だ。僕は茉莉のことをちっとも憎んでいないから。それどころか賢いとさえ思っているんだよ!何せ僕のような荷物を捨てるという賢明な判断をされたのだから(遅いくらいだ)。
それでも憎いところがあるとしたら――僕を置いていったことくらいだ。死骸みたいな僕から彼女まで失われたら、いよいよ皮しか残らない。皮。人間だった剥製。剥製に心があるなら――きっと僕と同じだ。失くした喉から鳴き声上げて、失くした腺から涙が出る。虚しくも剥製になった僕は煙で膨れ、虚勢を張るばかり――
「辞めるよ」
「え?」
「塾講師。辞める」
虚勢、妄言、妄勢、虚言。剥製は幻影を追っている。
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