青年は感謝の上に立っていた

乾いた大地に草木はない。


土塊はやがて砂になる。


荒廃しているのだ。


しかし、その場所にすら人は居る。


一人だけ。


苗を片手に意気込む青年。


脇には肥料を抱える。


「今回こそ・・・!」


土を敷いて肥料を蒔き、種を植え、水をたっぷりと与える。


最後に少し離れたところからお祈りを捧げる。

上手くいきますように・・・。


と。


しかしまあ、上手くいきませんわな。


毎日様子を見に行くが、日に日に土と肥料の元気が無くなっていった。


そんな状況で芽は出ない。


これで何度目だろうか。


肩を落とし、溜息を吐くのは。


誰かが言った。ここは死んだ土地。


それでも自分が諦めず何度も何度も種を植え続けるのは一瞬の眩い思い出があるからだ。





昔、自分は荒れ狂っていた。


親に捨てられたから?大人への復讐?


違う。


生きる為と、行き場の無い怒りを発散する為。

誰かにちょっかいをかけては、逃げ、モノを盗んで命を守る。


ある日、いつもの様に逃げていた。


その日の追っ手はしつこかった。


脇目も振らず、右往左往と長い距離を走った。

追っ手はいつしかいなくなっており、それに気付いた頃、自身は知らない土地に居た。


地平線が見えるほど遠く広大で、地平線が見えるほど周囲に何も無く、ボロ雑巾の様な自分と同じく荒れた土地だった。


遠くから視点を近くに移動させた時、一人のおじいさんが目に入った。


(こんなところで・・・)


一度八つ当たりでもと考えたが、辞めた。


いや、出来なかった。


何故か。


この土地・・・そしておじいさんの祈る姿に身体が動かなかったのだ。


「おや?人気の無い土地へははるばるだな。どうじゃ?一緒に?」



目が後ろにでも付いているのか。おじいさんは目を瞑りながら穏やかに聞いた。


「あ・・・」


身体が勝手におじいさんの隣に進む。そして、見よう見まねで自分も祈っていた。


「ここはのう。それはそれは豊かな土地じゃった」


自分が隣に座るや否や、おじいさんは語る。


「底が透き通る程綺麗な川があり、豊かな緑に囲まれていた。人が育ては作物は豊作も豊作。豊かとは正にこの土地の為にあったんじゃ」


この惨状からはとても信じられないな。


「しかし人間は強欲よのう。生きる上でこれ以上の豊かは必要がないというのに、利益に目が眩むなど。全てが儲けの道具となった。自然が有限である事を忘れたのだ」


生きる為にある生きる価値が、マウントを取る為の生きる価値になってしまったのか。


「ただ今を大事にする人間も居た。抵抗する者が現れ、敵として人間を見、争いへと発展した。血で血を洗う内紛じゃ。そんな時起こった。地震に竜巻、嵐に台風。毎夜毎夜、異常気象が起きては、自然災害に見舞われた。

当然、生き残るモノはほとんど居なかった。生き残ったモノも作物が無くなった大地で飢え死ぬのみ。土地からの裁きか、怒りか、何なのかは分からんが、死んだモノは実感したじゃろう。我々は今まで土地に生かされていただけだと言う事を」


老人は祈りを辞め目を開く。


「土地が我らを捨てれば我らに生きる術は無い。しかし、今儂はこの土地に生きている。生かされている。生きるチャンスがある、考えるチャンスがある。あんな事があったにも関わらずだ!土地はまだ儂を立たせてくれる。それはある種の希望と教訓。そして、実感し、この言葉が湧き上がる。ありがとう、という感謝の言葉じゃ」


自然災害により、死ぬが地獄か生きるが地獄か。


自分は確実に後者だと思っていた。


この時点で生かされる方が地獄なのでは無いかと。


しかし、よくよく考えれば、何も無い状況こそ自然であった。


恵まれた環境からの陥落。


学び・・・。否、そうでもしなければ気付けない人間とは・・・。


生かされている現状とは、復帰のチャンスか。

自身の素足に感じる冷たく刺々しい大地。


実感するのは、自分がここに立っているという事実。


ここに居る。


自分も祈りを辞め、立ち上がれる。


これって、土地が無ければ一つも出来ない事。

当たり前じゃ無い。


これが土地に生かされていると言う・・・。


確かに。


老人の言葉に納得するのは、自分が土地を認識した時だった。


「ありがとう・・・」


老人と同じくポッと、言葉が現れた。


刹那、自分の見ている景色が変わる。


緑豊かな大地に澄み渡る川。雲一つ無い青空が更に景色の魅力を引き立たせる。


足から流れ込む、強く暖かい地盤。その中には水のように冷たいが心地の良いすっきりとした気分が乗る。


刹那。それは刹那の出来事。


次に瞬きをした時、そこは荒れ果てた土地で、足の裏にはゴツゴツとした岩の感覚があるだけだった。


夢・・・?


「おじいさん・・・」


事を聞こうとしたが、老人はもうそこにはいない。


(一体何だったのだろうか)



分からない。


分からないが、心が穏やかになった気がする。

余裕のある姿。


これは恐らく自分では無く土地が持つ大きな余裕。器。


自分は思う。


そうありたい、と。


自然の様に大きく大らかで穏やかで。


そして、土地を豊かにしたいと。


老人が言った希望という言葉。


望みがあるのなら、あの夢が叶えられるのなら。


もう一度魅了されたい!


今度は自分の手で。


それ程の衝撃的な体験(?)だったのだ。




自分はそうして突き動かされている。


とはいえ、現状はご覧の通り。


肩を落とす結果になってばかりだ。


ふぅと地面に座る。


最近、遠くの方に何やら集団で動いている姿を捉える。


目を細めジッと凝らして、それが野良犬だと言う事が分かった。


日に日に自分との距離が近づき、目を凝らさずとも見える距離にはなった。


しかし、それ以上距離を近づくことはしなかった。


様子を見ては帰って行く野良犬だが、今日は違った。


先頭を歩く一匹は何かを口に頬張り、そのあ後に続く二匹はボロボロのペットボトルを口に加えている。


三匹とも何故かこちらを見ていた。


残りの野良犬は一斉に糞をし始めた。


その不思議な光景から目が離れない。


そして糞を終えてから土地を一斉に掘り出す、いやあれは自分達の糞をかき混ぜているのだろうか。


そして、その土地に先頭を歩く一匹の野良犬が種を蒔き、残りの二匹が水を与えた。


(これは・・・俺と同じ??)


ずっと自分の様子を見ていたと思ったら。


どこまで把握しているかは分からない。


ただ、野良犬は全てをやり終えた後、こちらを見てニヤッと笑っていた。


そして去って行く。


成る程・・・。


いいだろう。


これは挑発と言って良いのでは無かろうか。


どちらが先に芽を出すか・・・。


自分はもう一度立ち上がる。


そして芽を出すための準備を一から行うのだった。




それから数日後。


結果は、完敗だった。


あれだけ挑戦した自分と、一度の挑戦の野良犬。


軍配が上がったのは野良犬。


「芽が・・・出ている!!」


野良犬が様子を見に来た。


そして、目が合う。


ニタァ・・・。


野良犬め・・・。くそっ!


苛立つと言うよりか。腹立つその顔に一矢報いる為より一層の熱が入った。


何が違うのか、何が駄目なのか。


挑戦する前に考える事にした。


そして、考えては挑戦して、失敗を繰り返す。

肥料を変え、水分量を変え、種を植える深さを変える。


「この土どうっすか?」


時には土地に語りかけ。


「あーなるほど。これは合わない・・・。成る程成る程・・・」


時には土地の声(幻聴)を聞く。


「おー!この水の量と、肥料・・・良いですねぇ・・・」


すると少しずつだが、土の色に潤いという変化が現れた。


「まじか!嬉しっ!」


その間にも野良犬の芽がぐんぐんと生長している。相変わらずのにやり顔には腹が立つが、それ以上に土地の変化が喜ばしかった。


それは、自身に楽しさを教えてくれた。


それだけでは無い。


ふと気付いたのだ。


野良犬が居なけりゃこんな熱量持って取り組んでないし、工夫もしてないな、と。


確実に変わり始めたのは、野良犬が種を植えてくれたからだ。


そうだ。そうだよ。


土地もそうだ。


争いが起きて、異常気象で土地が廃れて、芽が生えないそれが正常な結果だったのだ。


なのにも関わらず、芽生えた。


それは、自分の努力では無く、土地が自身の気持ちに応えてくれたおかげ。


そう・・・全部おかげだったんだ。


「ありがたいなぁ・・・」


もう一度ハッとする。


そう言えば、いつの日から感謝を忘れていたんだっけか。


おじいさんはずっとこの土地に感謝をしていたのに。


ある日から目的がこの土地を豊かにする事になっていた。


いや、動悸こそ・・・。目指すべき場所はそこでこそ。


ただ・・・。


望みすぎていた。


先程も言ったように、この惨状は自分達が起こした結果。


それが普通なのにも関わらず、芽が出ないからと落ち込む。


ただただ望みに望んで夢ばかり見ていた。


今の土地の現状と向き合ってはいなかった。


この土地があることすら、歩いていることすら奇跡のようだというのに。


だからこその感謝なのに。


・・・すっかりぽっかり忘れていた。


夢を追って、現在の立ち位置を忘れる。


今までどれだけ怠慢で傲慢な自分と作業内容だっただろうか。


それから真摯に向き合い始め、すくすくと芽が出始めた。


それとは反対に野良犬の芽は枯れてしまっていた。


「フッ」と鼻で笑うと、今一度野良犬は土地に種を植え直す。


そうして皆で切磋琢磨し、土地と向き合い、感謝しながら豊を造り上げていく。


何事も上手く行きそうだ。


野良犬との距離も縮まり、笑顔でこの土地に増えた頃には、疎らに緑が生えている。


しかし、そのタイミングを見計らっていたかの様に事は起こった。


数日、灼熱の太陽に焼かれ、いつの日にか、地震に広大な土地が割れ、最終的には台風により、緑は風に飛ばされていった。


そして事が起こった次の日、残ったのは荒廃した大地と、寂しげでやる気も元気も無くした野良犬。


後は、もう一度肥料と種そして、水を用意して気合い十分な自分だけだ。


一瞬、立ち止まってしまった。


けれど、誰かが背中を押してくれたような気がしたのだ。


「皆、力を貸してくれ」


野良犬に手を差し伸べるが、動くモノはいない。


だったら、自分が率先して動くだけだ。


何かが違ったのだろう。


土地が、何かを教えようと為てくれたのだろう。


まだ大丈夫だ。


土地が無くなったわけじゃないから。


まだ自分は生かされているから。


こんな状況でも、立てる土地はあるんだ。


この状況が普通。上手くいっているときこそ、基本の状態を忘れてはならないんだ。


「そうだ。ありがとう。まだ希望があるって事だな」


そうして身体を動かし続けていると、野良犬たちが動き始めた。


自分の近くまで。


そして、全ての野良犬が自分の周りを囲んでお座りをした。


その姿は自身にか、土地にか、頭を垂れている様に見えた。


「手伝ってくれるか?」


だからそう聞いた。


そして、野良犬は動き出す。土地をもう一度豊かにするために。


「ありがとう」


・・・ふう。


天を不意に仰ぐと、そこには雲一つ無い青空が広がっていた。


「おぉ・・・良い天気。嬉しいねぇ」


「ワンワン!」


今まで一度も吠えたことの無いわんこが急に吠えた。


なんだか足の裏が熱い。


自分はこの感覚を知っている。


夢のような体験をしたあの時と同じだ。


広大で穏やかで暖かく、スッキリとした冷たさが残るあの感覚。


「土地も応援してくれているのかな。ありがとう」


そうして、目を土地に戻すと、


天から光が注ぎ、輝いた。


そこにはあの時見ていた豊かな自然が土地全域に広がっていた。


野良犬たちは走り回る。


自分の目頭が熱くなると同時に、老人の顔が目に浮かんだ。


ああ、おじいさん。


あの時出会ったからこそ、見えた景色だ。教えてくれたからこそ見えた希望の姿だ。


「ありがとう」


野良犬も、居なければ熱が持てなかった。向上心の維持を。


「ありがとう」


ただ、この土地が無ければこんな挑戦も無い。魅了されることも無い。


「本当に貰ってばかりで、一人ではいや、一では何も為せなかったな。ありがとう」


脈動する全てに・・・感謝しか・・・。

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