2章 2/15

 「山口、起きろ!!」


 怒られながら起きるなんて、いつぶりだろうか。

 そもそも、なんで怒られて起きるんだ?


 周りからはクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 なんで笑い声?

 それに、布団じゃない……。


 腕もお尻も硬い感覚がある。


 ゆっくりと目を開けると、目の前には机と本。


 「じゃあ、今日の補習授業は終わりとする」


 「起立」


 椅子を引く音、立ち上がる姿を見て、慌てて立ち上がる。


 「礼」


 お辞儀する姿に合わせて、お辞儀をする。


 「着席」


 座る姿を見て、私も座る。

 とりあえず、見よう見まねで動きを合わせた。


 すると、一斉に騒がしくなった。

 机にある本を見ると、どうやら数学の参考書だった。


 「山口くん」


 横から声をかけられた。


 「この場所に来て」


 手に紙をねじ込まれ、去って行ってしまった。


 この一連の流れ、まるで時が巻き戻ったような感覚に襲われた。


 紙を開いてみる。


 あぁ、やはり、あの地図だ。


 机にあったボールペンで、思いっきり手のひらに突き刺した。


 「あぁ……っつ――」


 血がペン先からにじみ出る。


 なんだこれ。

 夢じゃない。


 周りの景色に齟齬がない。

 完全に、中学のクラスメイトが再現されている。


 夢なら、1人や2人、必ず時系列の異なる人が存在するはずだが、ここにはいない。


 手の痛みも、ずっと続いている。


 過去に戻ったのか?


 でも、どうして?


 私は覚えている。

 死んでいない。


 異世界転生ものは、好き好んで読んでいたが、異世界でもない。

 ただの過去。

 それも、まだ罪悪感や自己嫌悪も始まっていない過去。


 けれど、私は変わっていない。


 やり直せる?

 やり直して、どうなるのだろうか。


 妻も娘もいない。

 久しぶりに会話をした、同じ病気の友達もいない。


 教室から出て、うろ覚えの廊下を見渡し、トイレを探す。


 ぁぁ、そういえば右側だったな。


 現実の視界と、過去の記憶がリンクした。


 トイレで用を足すわけでもなく、鏡を見る。


 見た目だけは、若々しかった。

 心は、寝た時のまま、苦しいままだ。


 水道の蛇口をひねり、水で顔を洗う。


 少しでも思考をクリアにしたいと思った。


 体がぶるりと冷えるほど冷たい水は、思ったとおり、少しは意識をはっきりさせた。


 そういえば、冬だったな。


 教室に戻り、自分が座っていた席へ座る。


 このあと、行かなければいけないところがあるが……私の上着がどれだったか、覚えていない。


 制服以外の上着は、廊下側の上着掛けに並んでいるが、検討もつかない。


 仕方ない。このまま行くか。


 廊下でさえ寒いのに、校舎の外は凍えるように寒かった。


 あまりの寒さに空を見上げる。


 曇天の空。


 雨……降るんだっけか?


 そんなことを考えながら、地図を頼りに僕は目的地へと足を進める。


 このスーパー、まだ駐車場狭いまんまだ。

 このプラモデル屋さんも、まだある。


 未来の地図と、今歩いている道を不思議に思いながら、目的地の駐車場へ向かう。


 来るのが遅かったのだろうか。


 アパートには、複数人の人がいる。


 その中から、一人駆け下りてきた。


 「大丈夫? どうしてコート着てないの?」


 ああ、私が着ていたのはコートだったのか。


 「寝ぼけちゃって……自分のコートがわからなくなっちゃった……」


 「ぇえ!? 寒いでしょ!? 一緒に取りに行こう。わたし、わかるから。ちょっと待ってて」


 彼女は、またアパートの階段を上り、一緒に待っていた友達と部屋の中へ入って行った。


 少しして、また駆け下りてきた。


 「お待たせ。行こう!」


 「ありがとう。正直、寒かった」


 「それはそうだよ! 真冬だよ。それなのに上着着ないなんて、頭おかしいよ」


 彼女は笑っていた。


 本当なら、告白する前で緊張していたはずなのに。


 それから、二人で無言で教室へ向かった。


 「もう誰もいないね」


 「そうだね……」


 上着掛けには、ロングコートがひとつ掛かっていた。


 「これかな」


 「まだ思い出せないの? 山口くんのは、このながーいコート。ひとつしか掛かってないのに、確信もてないの?」


 「そうだね。変だね」


 自然に笑えた気がした。


 「そうだよ。はぁ、何のために駐車場に来てもらったのかわからなくなっちゃったよ。ふふ」


 「ごめん。どうする? ……戻る?」


 「そうだね……せっかくだし、ここでいいや……誰もいないしね」


 「そっか」


 「うん。あのね。チョコ置いてきちゃったんだけど……山口くんのことが好きです。付き合ってください」


 あの時と同じ、緊張している声。


 でも今回は、ちゃんと向き合っている。不安がいっぱいで耐えている顔を見ている。


 私は、なんと答えるのが正しいのだろうか。


 過去に戻ってきてから、ずっと考えていた。

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