第11話 君がくれた勇気

 舞台袖に立ち尽くす俺の手は、汗で湿っていた。


 深呼吸をしても、心臓の高鳴りは止まらない。


 幕の向こうからは、観客のざわめきが聞こえてくる。


 まもなく、俺たちの最後の舞台が始まる。


 ——演劇部、最後の公演。


「大丈夫。信じて」


 背中にそっと触れる温もり。


 振り返ると、そこには夏希がいた。


 彼女の笑顔は、どんな光よりも眩しかった。


 夏希は、俺に演劇の楽しさを教えてくれた。


 人前で話すのが苦手だった俺が、ここまで来られたのは、彼女のおかげだった。


 けれど——


 この舞台が終わったら、彼女は転校する。


 俺はまだ、その事実を受け止められずにいた。


「……夏希、俺——」


 何かを言おうとした瞬間、場内アナウンスが響いた。


「演劇部、最後の公演『青空の約束』、まもなく開演です」


 俺たちは、互いに頷き合い、舞台へと足を踏み出した。


 幕が上がる。


 物語が始まる。


 そして、クライマックス。


 俺が演じるのは、夢を諦めかけた少年。


 夏希が演じるのは、彼を支える少女。


「怖くても、進むんだよ」


 彼女の台詞。


 それは、まるで俺への言葉のように胸に響いた。


「君がくれた勇気があるから——俺は、進める」


 俺は最後の台詞を叫んだ。


 その瞬間、観客席が静寂に包まれ、次の瞬間、大きな拍手が巻き起こった。


 幕が下りる。


 夏希は、俺に微笑んだ。


「……ありがとう」


 それは、彼女が去る前に伝えたかった言葉。


 そして——


「俺も、ありがとう」


 俺が伝えたかった、たった一つの想いだった。

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