第2話 100通目のラブレター

 春の風が校庭の桜を揺らし、ひらひらと舞う花びらが、まるで誰かの手紙のように空を漂っていた。


「卒業までに100通の手紙を送る」


 それが、俺と葵の約束だった。


 中学の頃、葵は家の事情で転校することになった。突然の別れに、俺は何も言えなかった。ただ、どうしても伝えたかった言葉があった。


「俺、お前に手紙を書くよ」


 葵は驚いたように目を丸くした後、少し笑って「じゃあ、100通書いて」と言った。


「100通? そんなに書いたら、もう全部気持ちが伝わっちゃうだろ」


「100通も書いてくれるなら、卒業のときにちゃんと返事するよ」


 そう言って、葵は俺の手を握った。


 それが俺たちの約束になった。


 手紙を書くたびに、葵との思い出がよみがえる。新しい学校でちゃんとやれているか、好きな本は変わっていないか、最近の俺の悩み——何でもないことを、ひたすら綴った。


 毎週1通ずつ送り続け、手紙は99通にまで達していた。


 そして卒業式の朝。俺は最後の1通をポケットに入れ、校門の前に立っていた。


 葵は約束を覚えているだろうか?


 桜の花びらが舞う中、人混みをかき分けながら、その姿を探す。


 ——いた。


 紺色の制服を揺らしながら、少し大人びた顔になった葵が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「……久しぶり」


 その声を聞いた瞬間、ずっと抱えていた想いが一気にあふれ出しそうになった。


 俺は震える手で、ポケットから最後の手紙を取り出した。


「これで、100通目だ」


 葵はそっと受け取ると、封を開けずにぎゅっと胸に抱きしめた。


「全部、大切に読んでたよ」


 そう言って、葵は小さな封筒を差し出した。


「これは、私からの返事」


 その手紙を受け取った瞬間、ずっと遠くに感じていた葵が、ようやくそばに戻ってきた気がした。


「読んでもいいか?」


 葵は少し恥ずかしそうに頷く。


 封を開け、中の便箋を広げる。


——『100通の手紙、ありがとう。そして……私の気持ちも、きっと同じだよ』


 その最後の一文を読んだとき、胸が熱くなった。


 桜の花びらが、そっと俺たちの肩に舞い落ちる。


 春風に乗って、100通分の想いが、ようやく届いた気がした。

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