第2話 じゃんぷまがじんちゃんぴおんさんでー。
ちょっとデリケートな話題だから、濁しながら書かせてもらうね。
"自ら”的な話題に、ストレスを感じる人は、どうかブラウザバックしてほしいとも思うし、今後も何度かあると思うので、このエッセイのことは忘れ、自己防衛をお願いしたい。
まあ、正直書くべきか悩む部分もあったけど、そこはネットの片隅の、そのへんの書き手のエッセイだからご容赦を。
で、月並みなことを言えば、生きてれば当然誰かの死に出会う。
そりゃそうだ。
今もどこかで誰かが死んでる、なんて話ではなく。
接点があった人間に限定しても、それなりにいて、自分が年をとるにつれ増えていく。
だから、最低限何かしら思うところがあった別れについてのみ語りたい。
私が小学生の頃、学校の近所に文具屋と駄菓子屋が合体したような店があって、文具屋としては品揃えが半端で、駄菓子屋としても当然半端で、近いからという理由で“妥協にピッタリ”「◯◯屋でいいや」的な店だった。
だから、当然、客は少なかった。
ちなみに私は嫌いじゃなかったけど。
で、その店に行くと、軒先に学ランの中学生のどっか兄ちゃんが、雨の日以外は大抵自販機横のベンチに座ってて、何だったら学校サボってるレベルでいた。
たいてい少年マンガ雑誌を読んでるか、読み終えていれば、脇において何かしら駄菓子を食べてた。
私もよく行くから顔なじみになってて、大抵の場合「読む?」といって雑誌を見せてくれた。
週刊誌を色々買わなくても読めるのは、ありがたかったし、小学生の私には、ボンなんとか、とか、コロなんとか、という雑誌くらいしか読んでなかったからちょっと背伸びしたような内容の少年誌が、なんとなく面白かった思い出。
雑誌が発売されない日は、お休み。
多分、そんな交流が半年か、一年は続いてたと思う。
真冬まで外のベンチで読んでたから、今思えば子どもってすごい。
「じゃ、また明日」
「うん」
なんて会話を毎回交わしてたと思う。
で、春休みに入って、変わらず交流は続いてて、桜が咲いて、学年が上がって始業式を迎えた日。
集団登校中の神社の脇を通る順路に体育の先生が立ってて、
「今日はこっちから学校へ行くぞ、先に◯◯先生がいるから」
と、違う道に誘導された。
それに関して、特に先生たちから説明はなくて、普通に始業式が行われて。
それ以来、お兄ちゃんとは会っていない。
別に心配するってほどじゃなかったけど、気にはなってた。
大人たちは、まあまあ上手く黙っていたお陰で、私は全然知らなかったけど。
ひょんなタイミングで、そういえば「◯◯神社の木で、◯◯さんとこの」なんて話を随分あとに耳にして、あぁ、“そういうこと”なんだなって。
その時初めて名前を聞いたっけ。
兄ちゃんの名字は、忘れたけど、名前は今も覚えてる。
名乗ってもらってないのにね。
季節とか、不意に知ったワードは、妙に記憶に残るよね。
何故唐突に? なんて興味ないよ。
ただ、聞いたときはちょっとさみしかっただけ。
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