第4話 イヤリングを返せ

 翌朝、公園で異形の存在が、現れたことを報告されたが、目撃者が数人で、あたりの監視カメラを見てもその姿を確認できなかったことから、信憑性に欠けると判断され、通常の不審者として、学校側はその報告を処理した。

 そして、三浦がいなくなった件については、誰も触れなかった。

 今日は社会の授業があった。

 中元は何事もなかったように授業を進めた。

 授業終わりの10分休憩の時に、河合は中元に話しかけた。

「珍しいですね。河合さんが質問に来るなんて。」

 年頃の中学生は、教師と積極的に話そうとすることなどあまりないのだが、河合の場合はわけが違った。

 命が危ないかもしれない。

 しかし、家に置いとくわけにもいかなかった。

 いっそのこと先生に預けてしまおうと思ったが

「資料の提供をしてくれるのはうれしいのですが、持ち主があなたである以上、僕がもらうわけにはいきません。何で、彼らが、そのイヤリングを狙うのか...僕が持っていても同じ結果になるでしょうが、それは、あなたが持っておくべきです。」

「何でですか?」

「おばあさんが、あなたを信じて預けたものだからです。」

 河合は押し黙った。

 これ以上自分のエゴで他人を巻き込むのはもう御免であった。

 しかし

「気にすることはないのですよ。悪いのはあなたではなく、連中です。ただ、一点気になる点が...」

「はい...」

「それが、連中の全員が、イヤリングを返せと言ってることです。小学生じゃあるまいし、そんな口説き文句は普通に考えてへんですねえ。冗談にしてはたちが悪い。きっと何か理由があるはずです。おばあさんは、このイヤリングについて何か言ってませんでしたか?」

「これを持っていれば、おばあちゃんがいなくなっても平気だから安心してと...それから、イヤリングを外してもいいけど、手放したらダメだと...」

「なぜですか?」

「よく覚えていないのですが、おばあちゃんが寂しくなっちゃうからとかそんな理由だった気が...」

「なるほど...お母様は何と?」

「それが、母とは昔から仲が悪くて....父は基本夜勤で家にいませんし、姉は塾と学校で夜遅く、朝は、私が出ていく時間はまだ寝ていますから、ほとんど顔を合わせていません。」

 しばらく、考えてから...

「もうすぐ、休み時間が終わってしまいます。では、僕は屋上に...」

 そう言って去っていった。

 河合のイヤリングは何もついていない、サージカルステンレス製のイヤリングで、真ん中に、開口部があり、それを耳にセットして、開口部を閉じるタイプである。おばあちゃんが死んだのは悲しかったが、喜んでそれを付けていた。

 それで祖母の死を乗り越えることができたが、母親はなぜか、純奈にきつく当たるようになった。

 理由は分からない。

 それをつけてから、何かにつけて、母親は純奈を怒るようになった。

 謝っても許してくれなかった。

 それからあまり母親と話さないようになったのだ。

 そして、外でピアスを付けていると、変な人間に絡まれるようになった、時には誘拐まがいのことをされそうになったが、基本的に外を一人で歩くことはなかったので、実際にどこかに連れ去られるということはない。

 そういうものは黒島が対処していた。

 黒島は男であれば、睾丸を、女であれば、のどを突いて、どこかに逃げた。

 自分より体の大きい、河合の腕を引っ張り、逃げたのだ。

 河合の母親は娘のそうした事態にまともに取り合わなかった。

 周りの大人も同じであった。

 唯一助けてくれるのが、友人である、黒島だけであった。

 黒島は、河合を否定しなかった。

 それどころか、協力を申し出たのだ。

「私が絶対に、純奈とイヤリングを守るから!!何があっても。」

 黒島はどんな屈強な男を前にしても、その約束を違えなかった。

 こうして、数年間、黒島は河合とイヤリングを守り続けたのだ。

 しかし、昨日不測の事態が起きた。

 河合と黒島は、掃除の担当が全く違ったのであった。

 しかも、河合は、スマホを持ってきた罰として、昼休みから掃除をさせられていたのだ。

 ご飯を食べた後、友達と遊ぶ時間を削って掃除しろとのことであった。

 早朝登校を、最初の方は課せられていたのだが、あまりそれを守らないので、代わりに昼休みを削られたのだ。

 それは1週間つづく。

 あと、何日かで終了だった。

 黒島はその間、友達と色々話をしてから、掃除をすることに決めた。

 河合が心配であったが、杞憂に終わるだろうと考えていた。

 誰も使わない階段だからだ。

 河合は一足早く、体操着に着替えていた。

 制服の中に着ていたので、シャツとスカートを脱ぐだけであった。

 河合は危なっかしいことに教室の中でそれを行ってから、掃除に向かったのだ。

 男子は鼻の下を延ばしていた。

 放課後、今日は部活があるので、部室で着替え、テニスコートに向かった。

 2年生になって、5か月たつ。

 後輩にも慕われるようになってきた。

 イヤリングはカバンの中に入れていた。

 河合・黒島ペアは、徐々に実力をつけ、地方大会で、上位の成績を残すようになった。

 3年が引退し、自分たちが後輩を引っ張っていくのだ。そんな気負いは、河合には皆無であった。

 河合は自分のペースで着々と球を打っていた。

 しかし、後輩からは文句は出なかった。

 一生懸命についていこうとしているのだ。

 そして、練習を終えると、仲よく一緒に帰るのであった。

 年頃の女の子には、制汗剤や日焼け止めは必須であったが、河合は気にしない様子であった。

 中学生は買い食いが禁止なのでまっすぐ家に帰る。

 河合は家に帰り、部活でかいた汗をシャワーで流すのだった。

 

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