第4話 イヤリングを返せ
1
翌朝、公園で異形の存在が、現れたことを報告されたが、目撃者が数人で、あたりの監視カメラを見てもその姿を確認できなかったことから、信憑性に欠けると判断され、通常の不審者として、学校側はその報告を処理した。
そして、三浦がいなくなった件については、誰も触れなかった。
今日は社会の授業があった。
中元は何事もなかったように授業を進めた。
授業終わりの10分休憩の時に、河合は中元に話しかけた。
「珍しいですね。河合さんが質問に来るなんて。」
年頃の中学生は、教師と積極的に話そうとすることなどあまりないのだが、河合の場合はわけが違った。
命が危ないかもしれない。
しかし、家に置いとくわけにもいかなかった。
いっそのこと先生に預けてしまおうと思ったが
「資料の提供をしてくれるのはうれしいのですが、持ち主があなたである以上、僕がもらうわけにはいきません。何で、彼らが、そのイヤリングを狙うのか...僕が持っていても同じ結果になるでしょうが、それは、あなたが持っておくべきです。」
「何でですか?」
「おばあさんが、あなたを信じて預けたものだからです。」
河合は押し黙った。
これ以上自分のエゴで他人を巻き込むのはもう御免であった。
しかし
「気にすることはないのですよ。悪いのはあなたではなく、連中です。ただ、一点気になる点が...」
「はい...」
「それが、連中の全員が、イヤリングを返せと言ってることです。小学生じゃあるまいし、そんな口説き文句は普通に考えてへんですねえ。冗談にしてはたちが悪い。きっと何か理由があるはずです。おばあさんは、このイヤリングについて何か言ってませんでしたか?」
「これを持っていれば、おばあちゃんがいなくなっても平気だから安心してと...それから、イヤリングを外してもいいけど、手放したらダメだと...」
「なぜですか?」
「よく覚えていないのですが、おばあちゃんが寂しくなっちゃうからとかそんな理由だった気が...」
「なるほど...お母様は何と?」
「それが、母とは昔から仲が悪くて....父は基本夜勤で家にいませんし、姉は塾と学校で夜遅く、朝は、私が出ていく時間はまだ寝ていますから、ほとんど顔を合わせていません。」
しばらく、考えてから...
「もうすぐ、休み時間が終わってしまいます。では、僕は屋上に...」
そう言って去っていった。
2
河合のイヤリングは何もついていない、サージカルステンレス製のイヤリングで、真ん中に、開口部があり、それを耳にセットして、開口部を閉じるタイプである。おばあちゃんが死んだのは悲しかったが、喜んでそれを付けていた。
それで祖母の死を乗り越えることができたが、母親はなぜか、純奈にきつく当たるようになった。
理由は分からない。
それをつけてから、何かにつけて、母親は純奈を怒るようになった。
謝っても許してくれなかった。
それからあまり母親と話さないようになったのだ。
そして、外でピアスを付けていると、変な人間に絡まれるようになった、時には誘拐まがいのことをされそうになったが、基本的に外を一人で歩くことはなかったので、実際にどこかに連れ去られるということはない。
そういうものは黒島が対処していた。
黒島は男であれば、睾丸を、女であれば、のどを突いて、どこかに逃げた。
自分より体の大きい、河合の腕を引っ張り、逃げたのだ。
河合の母親は娘のそうした事態にまともに取り合わなかった。
周りの大人も同じであった。
唯一助けてくれるのが、友人である、黒島だけであった。
黒島は、河合を否定しなかった。
それどころか、協力を申し出たのだ。
「私が絶対に、純奈とイヤリングを守るから!!何があっても。」
黒島はどんな屈強な男を前にしても、その約束を違えなかった。
こうして、数年間、黒島は河合とイヤリングを守り続けたのだ。
しかし、昨日不測の事態が起きた。
河合と黒島は、掃除の担当が全く違ったのであった。
しかも、河合は、スマホを持ってきた罰として、昼休みから掃除をさせられていたのだ。
ご飯を食べた後、友達と遊ぶ時間を削って掃除しろとのことであった。
早朝登校を、最初の方は課せられていたのだが、あまりそれを守らないので、代わりに昼休みを削られたのだ。
それは1週間つづく。
あと、何日かで終了だった。
黒島はその間、友達と色々話をしてから、掃除をすることに決めた。
河合が心配であったが、杞憂に終わるだろうと考えていた。
誰も使わない階段だからだ。
河合は一足早く、体操着に着替えていた。
制服の中に着ていたので、シャツとスカートを脱ぐだけであった。
河合は危なっかしいことに教室の中でそれを行ってから、掃除に向かったのだ。
男子は鼻の下を延ばしていた。
3
放課後、今日は部活があるので、部室で着替え、テニスコートに向かった。
2年生になって、5か月たつ。
後輩にも慕われるようになってきた。
イヤリングはカバンの中に入れていた。
河合・黒島ペアは、徐々に実力をつけ、地方大会で、上位の成績を残すようになった。
3年が引退し、自分たちが後輩を引っ張っていくのだ。そんな気負いは、河合には皆無であった。
河合は自分のペースで着々と球を打っていた。
しかし、後輩からは文句は出なかった。
一生懸命についていこうとしているのだ。
そして、練習を終えると、仲よく一緒に帰るのであった。
年頃の女の子には、制汗剤や日焼け止めは必須であったが、河合は気にしない様子であった。
中学生は買い食いが禁止なのでまっすぐ家に帰る。
河合は家に帰り、部活でかいた汗をシャワーで流すのだった。
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