第5話 猫にエサをやるように
1
シャワーを浴びた河合は、食事が用意されており、それを食べた。
母親は猫にエサをやるようにそれを出した。
ただの作業としてそれを行うのだ。
母親との会話は、ないのが普通だった。
あるとすれば、学校の行事に参加してもらうために報告する必要最小限の会話のみである。
河合の家は、一軒家だった。
住宅地の端にあり、家を出ればすぐそのは道幅の狭い道路だ。
車もバンバン通る危ないところに家が建っているのだ。
家から学校までは、15分ほどかかる。
河合は、自室にこもってスマホを触っていた。
そして、昨日異形の者に会ったことを忘れようとしていたのだ。
しかし、いくら楽しい動画を見ようと、いくら音楽を聴こうと忘れることはできない。
心臓は、軽く締め付けられているような感覚だった。
何かにときめいてるわけではないのに、苦しめられるのは、正直いやである。
2
そのころ、黒島は阿部道場で稽古を積んでいた。
黒島の実力は男子にひけをとらなかった。
黒島は瓦を10枚割ることができた。
そして、手刀で、板を割ることもできる。
黒帯になってから半年がたつ。
師範は、演武を終えた黒島の頭を撫でた。
黒島はそれを拒絶したのであった。
勿論師範に下心などない。
齢55歳。
常人なら、肉体のピークを過ぎている年頃だが、いまだに進化し続ける。現役の武道家であった。
師範は長年、実力者として弟子から慕われていた。
弟子も、師範の期待に応えるよう努める。
古い考えに固執せず、若者の意見を積極的に取り入れた。
それが、今のような総合格闘技のような、新しい空手であった。
月に一度、どんな手を使ってもいいから挑んできなさいということがあるが、反則技を使っても誰も勝てなかった。
黒島が空手を始めたきっかけは、兄である、
今もその憧れは変わらない。
ただ、今は兄を超えることも大切だが、最終的には、阿部を超えることが目標であった。
阿部は、頭を撫でられるのを拒絶する、黒島を見て言った。
「負けたな。それもごく最近。」
黒島は驚いた。
「誰に負けたんだ?」
阿部は黒島に言った。
「分かりません。」
「分からない?」
黒島は昨日異形の者に会ったことを、阿部に告げた。
「なるほどな...その怪物は、誰が倒したんだ。」
「中元碧清と言う人です...」
「中元碧清....」
阿部はそのまま固まった。
「師範どうかされたんですか?」
弟子の一人が訪ねる。
阿部は答えなかった。
「黒島よ...中元を動きをどう思った?」
「空手の動きではないと思いました。」
「ふふ。上出来だ。お前は俺を超えることが目標なんだろ?」
「はい。」
「ならば、中元と戦っておいて損はないぞ。まあ、偏屈な奴だから、戦ってくれるかどうかわからんがな。」
3
黒島は、阿部に言われた通り、中元と戦う機会をうかがっていた。
河合たちが通っている、学校は18クラスあった。
30コマ中、18コマが、中元の担当である。
朝から来るときもあれば、昼から来るときもあった。
黒島もすべてのクラスの授業を把握しているわけではないので、中元がいつ来るかは分からなかった。
しかし、一つ分かっていることがある。
授業が二コマある日は休み時間に屋上で寝ているということだ。
中元は基本的に職員室にいなかった。
提出物も、職員室の前に箱が置いてあり、そこの前に出すように指示されるだけであった。
先生としては、結構いい加減な部類だ。
おまけに授業もやる気のある感じはない。
淡々と作業をこなすようにやっていた。
但し、質問にはちゃんと答えるので、面倒見は悪くない。
黒島はタイミングを見計らって、屋上に行った。
すると、そこには中元が寝ていた。
「おや?ここは生徒出入り禁止のはずですよ。」
中元は黒島に言った。
「阿部先生とは、どんな関係なのですか?」
「阿部先生?」
中元は何かを思い出すようにしていた。
「阿部道場の阿部先生です。フルコンタクト空手の...」
「ああ。思い出しましたよ。」
阿部は、黒島に語った。
4
数年前
とある公園で、一人、空中に正拳を放っている空手着の男がいた。
身長170㎝
当時中学3年生の、黒島芳樹であった。
そこに、一人の長身の男が現れる。
中元碧清
中元は芳樹に話しかけた。
「空手をやっているんですか?」
「はい。」
「一人で何時間も?」
「はい。」
「寒くないですか?」
外はとても寒く、地面には雪が積もっていた。
そんな中薄い空手着で何時間も正拳を打っているのだ。
「師範に言われたので。」
「殺されますよ。」
中元は丁寧な口調で言った。
「いいんです。俺はどうなっても。俺が弱いからいけないんです。」
中元は、黒島を見ていた。
すると、師範である阿部が、近づいてきた。
分厚いコートからも分かるほど、肉が詰まっており、それがそのままこの男の強さを表した。
「今、何本打った?」
「3000です。」
阿部は、黒島をじっと見た。
「よし、3000やってるな。次からは、気を付けるように...」
中元は阿部に話しかけた。
「子供にこんなことやらせて一体何なるんですか?」
「何なんだあんた?」
「通りすがりの社会科教師です。」
阿部は中元に詰め寄った。
「俺がやっていることが間違ってるって言いたいのか?」
「いいえ。あなたがやってるのが間違いなのではありません。弱い人がやってることが間違いなのです。」
中元は、阿部にはっきり告げた。
「兄ちゃんよ。俺が弱いって言いたいのか?」
「ええ。とても弱いです。とてつもなく。」
黒島は二人にやり取りを息を呑んで見守っていた。
二人に間には異様な空間が流れていた。
張り詰めた空気である。
大気が流す空気よりも、更に冷たく、激しいものであった。
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