第6話 子ネコ

「すまん。天野くん。とりあえず保健室での登校にしないか?」

 先ほどの先生と一緒に保健室の先生(男)の人がきた。

「初めまして。いぬいカズトです」

「初めまして」

「いきなり教室に行くのは目立つし、精神的にも辛いと思うんだ。だから保健室登校から、徐々にならしていくといいと思うんだ」

 保健室の先生であるカズトはそうにこやかに説明する。

「はい」

 断る勇気がなかった。

 か細い声だったけど、しっかり聞こえていたらしく、カズトは保健室に案内する。

 歩き出す。

 でも足取りは重い。

 イコが帰ってきたから、もう学校に来なくても良いのでは?

 と後ろ向きになってしまう。

 でも、でもなー。

 イコすごく喜んでいるし。

『学校にきたんだ。よかった~』

「まあね。やればできるんだ」

『ふふ。いい子。いい子』

「むっ。子ども扱いしていない」

『いいじゃない。まだ中学生なんだから』

 それは、そうだけど。

「どうしたんだ。天野くん」

 細々とイコと会話していたら、心配された。

「いや、アプリで友達と……」

「そうか。友達がいるなら安心だな」

 先生も優しい。

 これなら通えるかもしれない。

 通えるようになったら、どうなるのだろう。

「こっちだよ」

 先生に案内されて保健室に登校する。

 目の前に机と椅子を用意している。

 ちゃんと勉強できるか不安だった。

 けど、ここならできそうな気がした。

 白亜の部屋に、消毒液の匂い。

 僕は言われるがままに椅子に座る。

「大丈夫だよ。今の時代は多様性だからね。心身にも理解が進んでいるし」

 うんうんとうなずく保健室の先生。

 ちなみに門で出会った先生は離れていった。

「さ。今日はルールについて話すよ。明日から勉強しよう。登校できたのも立派なことだからね」

「……はい」

 僕は学校での友達を作りたいのに。


 説明を受け終わってから今日は下校することになった。

『いやー。アオトよくやったね!』

「いや別に……」

 僕は大したことはやっていないんだよね。

『細かいことはいいの。堂々としていればいいのよ』

 うんうんとイコはうなずいて見せる。

「うん。イコを見ていると心が落ち着くよ」

『ふふ。さ、一緒に帰ろ?』

「うん」

 僕とイコはそのまま自宅へと向かう。

 が、

 みゃー。

 何か聞こえてきた。

 みゃー。

 まただ。

「うん。何か鳴き声が聞こえない?」

『聞こえるね。ネコみたい』

 イコがふむふむとうなずく。

「行ってみる?」

 声は近くの公園からだ。

 公園に向かって駆けていくと、ベンチの前に子ネコの入った段ボールを見つける。

 段ボールには『拾ってください』と書いてある。

「ん。捨てネコ……」

『かわいそう』

「……一人は寂しいものな」

 僕は子ネコを抱きかかえ、自宅への足取りを軽くする。

 重荷がようやくおりたのかもしれない。

 僕はこの子を救うんだ。

 そんな義務感にかられ、自宅に駆け込む。

「どうすればいい? イコ」

 僕はもう一人じゃないから。

『最初はシャワーだよ。雑菌や泥を洗い流すのと、身体を温めるのよ』

「ありがとう」

『注意して、熱すぎるとネコちゃんが嫌がるから』

「うん」

 僕は人肌程度に暖かくなったシャワーを子ネコに浴びせ、身体を洗い流していく。

『次はご飯だよ!』

「ええっと。何がいいの?」

『待って。検索っと。コンビニでも売っているから買ってくるのがいいみたい。人間のだと味が濃すぎるから』

 人のはダメなんだ。

 じゃあ、コンビニに行くしかないか。

 お金はあるけど……。

「でも、コンビニに行く間、ひとりにさせるのも……」

『とりあえず段ボールに入ってもらう?』

「それだ!」

 僕はお母さんが今度出すって言った段ボールを組み立てて、子ネコをそこにいれる。

 そして、財布を握りしめてコンビニに向かう。

『でもいいの? 勝手に拾ってきて』

「アニマルセラピー。僕にはちょうどいいかもね」

 苦笑しながら誤魔化す僕。

『そう』

 呆れたようにため息を吐くイコ。

 僕の嘘が下手だったのかな。

 お母さん怒るかもなー。

 自分の面倒も見られないのに、って。

 ははは。悔しいけど、説得力あるね。

「それで。一番安いのでも大丈夫かな?」

 中学生のお小遣いはあんまりもらえない。ましてや貧乏家族だ。

 お高いのはさすがに難しい。

 カリカリのがいいのかな?

『うん。安いのでもいいから、買ってあげて』

「ありがとう」

 カリカリを手にしてレジに並ぶ。

 近くにあったペット用の遊び道具も買っていく。

 帰ると子ネコは寂しそうに鳴いている。

「ごめん。今食事にするね」

『カリカリは水で膨らませてあげるのがいいみたい。胃の中で膨らむとげーするから』

「そっか。やってみる」

 気が回らなかったから、お皿は僕のを使う。

 衛生上、良くないのかもしれないけど、今は非常事態だ。

 あーあ。新しく僕のお皿を買ってもらわないといけないなー。

 お皿にカリカリをのせ、水に浸す。

 しばらくしてから段ボールを開けると子ネコはニャーと鳴いていた。

 そこにご飯を上げる。

 最初は警戒していたけど、カリカリと食べる音が聞こえてきた。

『うん。やっぱり乳離れしていたね』

「乳離れ?」

『成長具合からしてミルクではないんだろうなーって思って』

「あー」

 あんまり詳しくないけど、赤ちゃんはミルクを飲むイメージが強い。

 カリカリを食べる時期というものがあるのだろう。

 でも、どうしてこんなに可愛い子ネコを捨てたのだろう。

 責任という言葉の意味を知らないのかな。

「僕はキミを守るよ。……ええっと……」

 子ネコの名前を知らないから、戸惑う。

『名前、決めてあげて』

「そう。だね……」

 うーんと首をひねる。

 茶と白のミルクティーみたいな子ネコ。

「ミルクとか?」

『うーん。食べ物って安直じゃない?』

「ええと。じゃ、ミクルは?」

 にゃー。

『ふふ。いいじゃない?』

「うん。ありがと。今日からキミはミクルだよ」

 そう言ってカリカリを食べているミクルの頭を軽く撫でる。

 嫌がる素振りは見せない。

 人慣れしている。

 しばらくは人に飼われていたのだろう。

 怖がらないところからして、扱いは悪くなかったみたい。

 でもそうなると、ますます捨てた理由が分からない。

 僕には分からない。

『食べ終わったみたい』

「ん」

『タオルとかで温めてあげるといいかも』

 ミクルは眠そうにうとうととし始めていた。

「タオルだね。オッケー」

『……変わったね』

「え?」

 寂しそうな顔をしているイコにちょっと怪訝な顔をする。

『なんでもない。タオルでしょ?』

「あ。うん」

 僕はタオルを持ってくると、ミクルのベッド代わりに敷いてあげる。

 しばらくすると完全に夢の世界に入ったようだ。

『ようやく寝たね』

「うん」

「ただいまー」

 あ。お母さんが帰ってきた。

 どう説明すればいいのかな。

「どうしたの?」

 お母さんがリビングで丸くなっている僕たちを発見し、疑問を口にする。

 さーっと血の気が引いていく。

「なに、子ネコ?」

「その、公園で、ひとりだった、から……」

 ぼそぼそと、しかもどもりながらしゃべってしまった。

 怪訝な顔をするお母さん。

「ちょっと来なさい。アオト」

「は、はい!」

 食卓にある椅子に対面で座る。

「あの子を飼うって、どういう意味だか、分かるよね?」

「う、うん。でも、僕は一人では何もできない。弱いから。だから、飼いたいんだ。だってあの子だってひとりは嫌だろうし……」

 なんとか説明していくと、お母さんの眉間のしわが緩む。

「……」

「無理を言っているのは分かるけど、でも、僕は変われる気がするんだ」

 僕は強めに言う。

 堂々としていればいいんだ。

「だって、僕は独りじゃないから」

「……分かったわ。ただし責任は持ちなさい。あの子はあなたなしでは生きられないのだから」

「……うん。ありがとう」

 こうして僕はミクルと一緒に暮らすことになった。

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