プロローグ2 もうひとつの出会い

 結局、今日も誰ともお話できなかったな。

 夢咲ゆめさきえまは悩んでいた。昔から人付き合いが苦手で友達が出来なかった。高校では唯一出来た友達が一人いたが進学先は別で、夢咲はまた一人に戻った。それでも新しい友達を作ろうと人に声をかけるが、その先は繋がらなかった。


「ボク、なんで進学したんだろう」


 虚しさが心を締め付ける。

 こんな毎日が続いた。折れそうになってもめげずに頑張って過ごしてきたけど、苦痛を癒す事は出来なかった、今では目標を見失いかけている。

 夢咲は講義室を出る際に、帰り支度をする人たちのグループの間を、そっとすり抜けた。

 声をかけたい。話したい。けれど――。

 歩きながら手提げバッグの紐を強く握る。

 勇気も、言葉も、胸の奥で固まったまま動かない。

 もどかしい気持ちを抱きながら、構内の廊下を歩いていた。ふと、掲示板が目に留まった。

 色んなサークルが部員募集してる。でも、ボクみたいなのが入部しても迷惑になるだけなんじゃ……。

 印刷されたサークルメンバー募集チラシが整列している。その中に一枚だけ、乱れた字の手書きポスターがあった。

 余白には落書きのような音符。


「この張り紙だけ手書きだ」


 しかも割と最近に貼られた様で、張り紙自体が黄ばみも無く、綺麗な状態。

 手書きの文字には『バンドサークル、メンバー募集中』と書かれている。


「バンドサークル……ボクには縁もゆかりも無い所かな」


 夢咲が、その場から立ち去ろうとしたとき背後から声を掛けられた。


「そのサークルに興味あるんですか?」

「ひゃんっ!」


 あまりにも突然だったので思わず変な声が出てしまった。


「ごめんなさい驚かせちゃった!?」

「いえ大丈夫です……えっと、確か事務員の――真白さん?」

「あらっ覚えていて貰えるなんて嬉しいわ。久しぶりに、えまちゃんの姿を見かけたから、つい声をかけちゃって」

「入学式以来ですよね……あの時は本当にありがとうございました」


 夢咲は深くお辞儀をした。


「そんなっ大したことしてないので、頭を上げてください! えっと、そのサークル……」

「あっ……手書きみたいだったのが珍しくて、つい」

「そうだったの……てっきり興味があるのかと勘違いしちゃって。募集している生徒から興味がありそうな人がいたら声をかけて欲しいって頼まれてて」

「部員、少ないんですか?」

「いいえ、まだサークルとして認定されてないの。今は設立のための部員募集みたいなのよ」

「……そうなんですね」

「どんな人たちか、気になりますか? 今の時間帯なら中庭にいると思うから、一緒に行ってみる?」


 真白の言葉に夢咲は軽くうなずいた。なぜか言葉が出なかったからだ。

 道中、軽い会話を挟みつつ中庭へと案内された。それなりに他の生徒が何人かいるものの、大きな木の下で目立った二人組に視線を止めた。

 ギターケースとエナジードリンクの缶が隣合わせで置いてある。二人組は大学のざわめきとは違うテンポで笑っていた。

 その空気が、夢咲には少し羨ましかった。


「叶菜ー時給が良くて比較的楽なバイト探してくれー。今月はコレでスッカラカンなんだよー」

「知らないよ、てか自分で探しなさい」

「つむぎちゃーん、かなちゃーん。おーい」


 二人組の間に真白が名前を呼びながら合流する。


「あっ真白さん、それと――」

「はっ初めまして、夢咲えまです!」

「ましろん……もしかして、メンバー見つけてくれたの!?」

「えっと、その、ボクまだ決めたわけじゃなくて」

「つむぎ、急かしたらダメだよ。初めて来てくれたんだから丁寧に、礼儀正しくしないと」

「私、堅苦しいのは好きじゃないんだけど」

「そういう事じゃなくて」


 何やら嫌悪な雰囲気に夢咲は慌てふためく。


「あのっ、喧嘩は……」

「大丈夫ですよ、あれはいつもの事なので」

「仲、悪いんですか?」

「うーん、むしろ仲が良すぎるくらいなんじゃないかな? じゃれ合い? みたいな感じだと思うなぁ」


 夢咲はポカンとした表情で二人の様子を伺った。


「せっかく来てくれたのにごめんね、ウチら、こんな感じだけど気が向いたり、周りにバンドやりたいって子がいたら教えて欲しいな。だいたい、この時間はここにいるから」

「……わかりました」


 あっけない顔合わせで話は終わった。

 だけど不思議と悪い感じはしなかった。むしろ会って正解だったと思えた。

 帰宅後、一人部屋で考え事をしていた夢咲のスマホに着信が入る。相手は高校時代の友人だった。


「もしもし? 久しぶり、そっちはどう? うん、うん。へー賑やかになりそうだね! ボクの方? ボクは――」


 ウチら、こんな感じだけど、気が向いたり、周りにバンドやりたいって子がいたら教えて欲しいな。


 その時、彼女の言葉が頭を過った。

 きっと、これが最初で最後のチャンスかもしれない。


『えま? どうしたの?』

「琴音ちゃん。ボク、バンドすることにした」

『バンド? えまにしては珍しいんじゃない? なんか心境の変化でもあったの?』

「それは……おあいこ、でしょ! そっちだって寮生活とか、意外だって思ったもん!」

『まあ、色々とね』


 バンドサークルの加入、これがボクにとって、もうひとつの出会いになればいいな。明日、さっそく報告しに行かなくっちゃ!

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寄り道してもメロディは日々を紡ぐ ゆずきあすか @yuzuki_asuka

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