寄り道してもメロディは日々を紡ぐ
ゆずきあすか
プロローグ1 ここからの物語
「叶菜、一緒に帰ろう。ついでにカフェでおやつでも――」
「あーごめん、つむぎ。今日バイト入ってるから」
「そっか、じゃあまた今度。バイト頑張れよ」
「うん、ありがと。また明日!」
言い終わるや否や、叶菜は鞄を肩に引っかけ、颯爽と講義室を後にした。
――最近、ずっとこんな感じだ。
椎名は肩をすくめ、帰り道の小さな公園へと寄り道する。
木々は若葉をつけ、空は雲ひとつない。季節はちゃんと進んでいるのに、自分だけ置いていかれているような気がする。
暖かい陽気。けれど木陰のベンチはヒンヤリ冷たい。そしてそれ以上に椎名の財布は極寒だった。
大学に入って一ヶ月。「青春!友情!刺激!」そんなキラキラした大学生活を期待していたはずが、現実は講義と帰宅のループ。叶菜と一緒に遊んだオンラインゲームも、最近はログインしてもいつもオフライン表示。互いの時間は日々減少していた。
「澄んだ空は青く、気候は穏やか……でも財布は極寒」
空を見上げれば快晴。
手元を見下ろせば小銭が数枚。
もはや気圧の暴落レベルの落差。
飲み終わったペットボトルを捨てようと立ち上がった、そのとき――
「すみません」
「っ!?」
突然背後から声をかけられ、つむぎはペットボトルを宙に浮かせたまま固まった。落下して転がるボトルは「カラカラ」と音を響かせ相手の足元にたどり着く。
「もし捨てるなら、回収しますよ?」
ボトルを拾い、ニコっと微笑んだ女の子は、陽光より眩しいくらいの笑顔を向けてきた。
「ああ……はい。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。いつも公園を綺麗に使って頂いて嬉しいです!」
眩しいくらいの笑顔は正しく天使の様だった。
「真白さーん、次移動するよー!」
「はーい!」
丁寧すぎるお辞儀を残して去っていく彼女の背中には【――ボランティアサークル】の文字。
「……サークル」
周りを見渡すと、グループらしき学生たちがトング片手に落ち葉や廃棄物を収拾していた。笑ってる――ただそれだけの姿が妙に羨ましい。
胸の奥にぽつんと沈降する気持ち。
その隙間に「ぐぅうううぅ……」遠慮ゼロで主張する胃袋。
「お腹も空いたし、叶菜のバイト先にもで寄っていくか……」
行く先とは少し外れてしまうが、時にはこういった寄り道も悪くないだろう。
――数十分後、ファストフード店にて。
「いらっしゃいませー」
「よっ、遊びに来たぞー!」
「いや、遊び感覚で来るなよ……仕事の邪魔だから」
「じゃあいつもので!」
「はいはい、一番安いハンバーガー単品ね。一応聞くけど、店内でお召し上がりですかー?」
「もちのろん!」
「じゃあ、番号札をもってお好きな席でお待ちくださーい」
「うい」
終始適当に接客を済ます叶菜。
つむぎは時々、叶菜の働くファストフード店に来る。そして決まっていつも同じ安い商品を購入。
しばらく待つと「お待たせー」と叶菜の声が聞こえた。
「遅かったな……って、私ハンバーガー二つも頼んでないけど。てか制服は?」
「これはアタシの分だから。休憩時間に食べようと思って買ったの。ご一緒しても?」
「あー別に良いよ」
「そっけないなぁ。せっかく美人の店員が、ご一緒してあげるって言うのになぁー」
「へー」
つむぎはハンバーガーを片手にスマホをポチポチと操作する。叶菜の方には一切見向きもしないで話も適当に流す。
「アタシじゃ不満でも?」
「そういう訳じゃないけど……強いて言うなら、今レジで接客してる桃色髪のあの子が良かったなーって」
叶菜の休憩中、代わりにレジ接客に入ったのは同じ年代の大学生。明るい接客と凄まじいコミュニケーション力で店の売り上げに貢献しているアルバイト。
「いらっしゃいませっ! 只今期間限定のパイナップルオンリーバーガーがオススメですよ! セットでポテトを付けるとパイナップルの甘酸っぱさとポテトの塩味が絶妙にマッチして、あまーいメロンソーダの喉ごしが最高ですよ!」
「わぁ私食べたくなっちゃった! それにこの奇抜さ、SNS映えしそうじゃない?」
「うん! すみません、それを二つお願いします」
「はい! ありがとうございます!」
学校終わりの女子高生も手玉に取る様子は正しく店のエース。天真爛漫なスマイルは天使の様だ。だが客観的に見ればその笑顔も売り上げのために手のひらで客を弄び微笑む悪魔にも見える。
「最近入った一ノ瀨さんだね、評判良いんだよ」
「明るくて親しみやすそうだもんな」
「それ、遠回しにあたしの事を暗いって言いたいの?」
「いやぁー……違うけど」
椎名は皐月から視線を泳がす。
その先には隣の席の女子高生二人組が楽しそうにおしゃべりをしている姿があった。意識を向けると自然と会話が耳に入ってくる。
「今度うちのサークルでプチ旅行に行くんだ!」
「いいなぁあたしも行きたいなー」
サークルでプチ旅行……私には眩しすぎるJKの会話。
「そういえば、この店って学生多いよな」
「まぁ駅の近くは人気だよねー」
「……」
「んじゃ、アタシは休憩終わるから戻るね」
「あぁうん、わかった」
皐月は一足先に仕事に戻り、食べ終えた椎名は店を出て行った。
外は夕焼け。放課後感と哀愁のブレンドが胸に刺さる。
椎名は今日の出来事を思い出していた。
「サークル……入ったら刺激を感じれるかな」
商店街を歩きながら考えて事をしていたそのとき、道端で人だかりに遭遇した。人と人の隙間からは、中央に楽器を抱えた二人組が見えた。
「それでは最後の曲です。よかったら聴いていってください!」
路上ライブ?
椎名が目の前に差し掛かった瞬間、音が鳴った。
出だしから引き寄せられる音色に足を取られ、その場に立ち止まった。もう一度、二人組を見た時、世界が変わった。
――心臓が跳ねる。
自然と身体が曲のリズムに共鳴する。
周りの人もみんな同じ空気に浸っていた。この時、椎名は感じた。
……これだ、私が求めていた刺激。
ずっと胸の奥にあった空白に、音がストンとハマっていく感覚。
気づけば走っていた。足が勝手に来た道を戻っていた。
その道中、バイト終わりの皐月に遭遇した。
「えっつむぎ? 帰ったんじゃ――」
「叶菜! バンドサークル作ろう!」
息も整わないまま、勢いだけで押し切る。
「ちょっ、落ち着いて! いきなり詰め寄られても困るから!」
「はぁ…はぁ……私が求めていた、もの。やっとみつけた!」
椎名の瞳には輝く未来が映っていた。
話の勢いは止まる事を知らず、帰り道、久々に並んで歩いた。
街灯が灯り始め、風が少し冷たい。
「私、このサークルで思い出作る。きっとワクドキの毎日になるよ!」
「それはいいけど……サークル設立って最低でも四人必要だよ?」
「……そうなの?」
椎名の反応に皐月は呆れ笑いし、大きくため息をついた。
「まずはメンバー集めからだね」
椎名はコクりと
今――胸は高鳴っている。ここから、始まるんだ。
「あっちょっと飲み物買っていい? 走ったから喉乾いちゃって……」
コンビニで飲み物を手に取りレジに持って行くが……財布を手に散ると、中身が極寒だった事を改めて思い出した。
「……まずはバイト探すべき?」
「そこから!?」
その日は皐月に飲み物をおごってもらい、無事に購入できました。
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