第8話 お姉ちゃん

 足に痛みは伴うが、歩けるぐらいには回復していた。

 結局、昨日は怪我の応急処置の後に二人ともすぐに寝てしまった。

 朝起きると、S4はトースターでパンを焼いていた。

 最初に来たときは使い方が分からずおろおろしていたが、今ではしっかり使いこなしている。


 「おはよー。健太君。」


 「おはよう。」


 挨拶をした後、俺はインスタントコーヒーを淹れるためにポットに電源を入れた。

 朝食はコーヒーを飲むことが日課になっている。というのも、父は大のコーヒー好きだった。

 俺が起きる前に豆から挽いて、コーヒーを準備していた。

 今思えば、唯一、父の味として記憶に残っているものなのかもしれない。

 二人分のインスタントコーヒーをテーブルの上に置いた。


 「昨日言っていた、S4と一緒に逃げた人のことを教えて欲しい。」


 S4は口をぷくーと膨らませながらこっちを睨んだ。


 「しーちゃんと呼んでください。」


 S4とばれないようにするためには確かに必要なことだ。しかし、S4は単にしーちゃんという呼び名を気に入っているみたいだ。

 俺はしぶしぶ言い直した。


 「しーちゃんと一緒に逃げた人のことを教えて欲しい。」


 S4は満足そうな顔をして話始めた。


 「S3っていう子なんだ。私よりも一歳年上でお姉ちゃんみたいな人なんだ。私たちは外の世界から隔離されて育てられたんだけど、将来的に商品としての質を上げるために教育や訓練がたくさんあった。私は戦闘訓練が苦手で毎回教官に叱られてたんだ。悔しくて泣いてたら、S3ちゃんは毎回私のそばに来てくれた。私の肩を叩いて、S3ならできるっていつも励ましてくれた。」


 S4は幸せそうな表情でコーヒーを飲んだ。

 熱かったのか、舌を出して苦そうな顔をした。


 「それで、なんで脱走しようとしたの?」


 「笑わないでよ。」


 「笑わないよ。」


 「海が見たかったんだ。」


 想像していない回答だったため、変な声が出そうになった。

 しかし、変なリアクションをするとS4は怒りそうなので、机の下でももをつねり、表情を出さないようにした。


 「私たちは海を見たことがなかったんだ。教育の一環で海の知識はあったし、写真も見たことがあったけど行ったことはない。ある時S3が言ったんだ。実際の海は私たちの知っているものより綺麗らしい。塩の香りがして、太陽の暑さが肌に直接降りかかる。砂浜は一粒一粒が足を包んでくすぐったくもなる。そんな、知識では分からない海があると。その話を聞いてから、私の夢は二人で海に行くことになった。」


 「脱走しないと海には行けないのか?」


 S4は小さく頷いた。


 「S3はどこかの組織に買われる契約がされていた。でも、契約者はS3を自由にするつもりはないみたいだった。私たちが超能力が使えるという話はしたよね。S3は発電の能力を持ってた。だから、契約者はコストの低い電池として彼女を使うつもりだった。だから脱走した。これを逃すと二人で海を見る夢は永遠に叶わなくなる。」


 そう話終えた彼女の目を見ると、彼女にとって、大切な夢で大切な家族だったことが伝わってくる。

 そして、S3は自分にとっても有益かもしれない。

 これまでのS4を見ていると細かい脱走計画を考えられるようには思えない。つまり、S3が計画を考えていた可能性が高い。

 つまり、組織の情報をより深く知っている人物だろう。


 「じゃあ、S3を急いで探そう。」


 「うん!!」


 俺の提案にS4はすぐに同意した。


 「迷子になったときは、はぐれた地点に戻った方が良い。お互いに探し合うと合流は難しくなるからな。」


 「なるほど、じゃあ案内する!」


 S4は元気よく答え、残りのパンを食べ終えた。

 はぐれた地点に戻ることはもちろんリスクがある。

 それは、A6に見つかるかもしれないというものだ。しかし、俺にとってメリットの方が大きい。

 組織からの脱走経路は、組織に潜入するための道とも考えられる。それを探っておくことも後から役に立つかもしれない。



 S4の案内で、薄暗い路地裏に来ていた。

 昨日とは違う場所だが雰囲気が似ているせいか、ふくらはぎの痛みが増しているような気がした。


 「あそこを曲がったところにマンホールがある。そのマンホールは組織の場所だけじゃなく、いろんなところに繋がってるんだ。」


 なるほど、地下が脱走の経路だったのか。

 そんなことを考えながら道を曲がると、二人の後ろ姿が見えた。

 二人ともこちらには気づいていない様だ。一人は長身でトレンチコートを羽織っており、もう一人は、見覚えのあるえんじ色の服を着ていた。

 すると、そのえんじ色の服の女がこちらを見てにやりと笑った。

 間違いない、あの貼り付けたような笑顔は先日のハサミ女だ。

 ハサミ女はゆっくりこちらに近づいてきた。

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