第2話 羊の組織

 あの日、父は何かに怯えていた。

 珍しく夕方に帰宅したかと思えば、部屋の中を整理し始めた。

 父の様子がいつもと違うことに気づいたが、話しかける勇気が出なかった。

 そもそも、自分から話しかけたことなどなかった。


 「おう、健太いたのか。」


 父はようやくこちらに気づいた。

 父は剃り残しの髭を触りながら窓の外を気にしていた。父は昔から困ったことがあると髭を触る癖がある。


 「そりゃいるよ。ここ自分の家だから。父さんはどうしたの?いつもより早くない。」


 悪態をつきながら精一杯答えた。

 普通の家族であればもっと気の利いた話ができるのであろうか。普段会話がないため、正解が分からなかった。


 「そうだよな。健太は学校で変わったことはないか。知らない人がいたりとか。」


 「ないよ。いつも通りだよ。」


 父はなぜか安心した顔をしていた。

 突然肩を掴みこちらを一直線に見つめてきた。

 最初は眼をそらしていたが、父が何かを伝えようとしているのが感じた。

 ゆっくりと父の瞳を見た。


 「いいか。これから父さんは家に帰れなくなるかもしれない。それによってお前に迷惑をかけるかもしれない。羊のマークの組織がお前に何か聞きに来るかもしれない。そいつらは危険だ。だから注意してくれ。」


 家に帰れないのはいつものことだ。

 ずっと迷惑をかけられている。羊のマークってなんだよ。

 父の言葉を聞きながら、色々な言葉が頭を駆け巡っていた。


 「それから、最後にこれだけは伝えておきたい。父さんはお前を愛している。」


 言いたいことは色々あった。しかし、愛していると言われたら何も言えなくなっていた。この日を境に父は失踪した。



 「大丈夫ですか?」


 女性が自分に近づいてきた。

 その女性の肩に羊のタトゥーが彫ってある。羊の顔の下にはSー4と書いてある。

 俺は父の最後の言葉を思い出していた。もしかしてこいつが羊の組織か?


 「大丈夫です。気づいたら体ごと吹っ飛んでいました。何があったんですかね?」


 「良かった。あれは私の力で・・・あっ!!何でもないです。」


 私の力?超能力とでもいうのだろうか。

 落としてしまった吸い殻を拾い、小屋の中に入れた。


 「そういえば、こんなところで何をしていたんですか?」


 「組織のものから隠れていました。」


 この女性は父の失踪に関係している可能性がある。

 しかも、口が軽そうだ。この人から可能な限り情報を絞り出さなければ。


 「組織ってなんの組織ですか?」


 女性ははっとした表情をした。


 「組織って何ですか?私は組織なんか一言も言っていないですよ。何の話ですか?」


 明らかに動揺している。

 しかし、聞き出すには信頼関係が足りていない様だ。


 「分かりました。組織のことは聞きません。ただ、何か困っていることがありそうですね。怪我もしているし。何か協力できることはないですか?」


 「助けてくれますか!隠れるところを探しています。」


 彼女はお腹のすいた子犬のように困った表情をしていた。


 「じゃあ、俺の家に来ますか?一軒家に一人で住んでるので空き部屋がありますよ。」


 言い終わって、自分がかなり強引なナンパをしているのではないかと気が付いた。

 顔は熱くなるが、このチャンスを逃すわけにはいかない。しょうがないことだと自分に言い聞かせた。


 「いいんですか!?ありがとうございます!!」


 彼女は躊躇なく提案を受け入れた。見るからに嬉しいという顔をしている。


 「そういえば名前をまだ聞いていませんでしたね。俺は篠原健太です。」


 「私はS4。いや、よー、ふぉー、しー・・・しーです。しーと読んでください。」


 彼女を家まで案内した。彼女は犬の散歩のように楽しそうについてきた。

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