第16章

ヒーロー基地。

長官:ヒーロー諸君。君たちに集まってもらったのは、ある知らせを聞いて欲しいからだ。これは上層部からの提案なのだが…「ヒーロー諸君を消し飛ばす」か「ヒーロー基地に潜り込んでいたAI軍の残党、未無を消す」か、だそうだ。これには正直、私もすごく頭を抱えた。現状の膠着状態を打破するために、人間を犠牲にするなどおかしい、と…。しかし、私は決めたのだ。これは長官からの指示ではなく、ヒーロー諸君が各々、考えて行動すべきだと。故に、これが最後の指示だ。「心に従い、そして戦え」。

氷凍:(頭が真っ白になった。それはみんなも同じはずだ。だって、ヒーロー全員か未無1人を消す、なんてこと…考えたこともなかった。そもそも未無が「ヒーロー基地に潜り込んでいたAIの残党」だと?何故そのようなことが言える…?いや、待てよ…。未無の異能は他の異能を無効化させることができる。裏を返せば、未無には「異能が効かない」。そしてその性質は…AI軍のトップと同じだ。しかも、全く同じなのだ。もしかしたら未無は、AI軍のトップよりも上の立場なのかもしれない。それはきっと、この世界を裏から牛耳れるほどの立場…。…俺は、俺はどうすればいい…。未無を消すなんてこと、俺には、できない…。)

未無は黙り込んでいるヒーローたちを横目に、ヒーロー基地の朝礼台へと上がった。

未無:ヒーローの皆さん。この声を、僕の話を聞いてください。「僕がAI軍の残党である」かどうかは貴方たち、それぞれが決めてください。僕は、この知らせを初めて聞いた時…そして、この知らせを貴方たちに伝える時、その時にはもう既に、腹をくくっていました。今更、生きながらえようとも思っていません。「僕を消す」かどうか、それは多数決で決めませんか?貴方たちが僕に消えてほしいかどうか、票を集めたいと思っています。残酷な決断を迫っている、ということも分かっているつもりです。でも、どうか、協力してくれませんか?…お願いします。

未無は朝礼台の上で、ヒーローたちに向かって頭を下げた。

氷凍:…手ぇ挙げろ。

ヒーローたちが黙り込んでいる中で氷凍が1人、泣きながら、声を震わせながら言った。

氷凍:…未無の多数決の案、賛成の奴は、手ぇ挙げろ!!!

氷凍がそう言うと、ぽつぽつと手が挙がり始めた。数刻後には、ヒーローたち全員が手を挙げていた。

氷凍:未無!全員、賛成だとよ!!!

氷凍は声を震わせながら、そう言った。

未無:…ありがとうございます、先輩。…ありがとうございます、ヒーローの皆さん。…それでは、残酷な決断のお時間です。今から貴方たちに、ペンと小さな紙を1つずつ配ります。その紙に、僕に…未無に消えてほしい人は①、それ以外の人は②と書いてください。書いた人から、朝礼台の上に置いてある、箱に入れてください。

未無の話が終わると、続々と朝礼台の前に人が集まっていく。しかし、みんな表情は暗く、俯いたまま、ただ自分の書いた番号が記された紙を見つめている。そして、最後の人が自分の紙を折りたたみ、箱に入れた。

未無:はい。ヒーローの皆さんの協力、本当にありがとうございます。そして、残酷な決断をさせてしまってすみません。…気持ちを切り替えて、票を…箱の中身を見ていきたいと思います。

氷凍(本当は、未無が一番辛いだろうに…。俺は、俺たちは…このまま未無が消されるのを見とくしかないのかよ…!)

氷凍の両手には手袋があるはずなのに、それを通り越して、血が流れていた。きっと、爪が深く、突き刺さりすぎているのだろう。それくらい、氷凍には、未無に思い入れがあるのだろう。

未無:1枚ずつ、大事に見ていきますね。1枚目、①。2枚目、①。3枚目、②。4枚目、①。5枚目、①。6枚目、②。7枚目、②。8枚目、②。最後…9枚目、①…。総合すると、①が5枚、②が4枚…という結果になりました。ヒーローの皆さん、本当に、ありがとうございます。僕はどうやら、AI軍の残党として、おさらばしなければいけないみたいです。…少し、思いの丈を話させてください…。

そう言って、未無は声を震わせ、泣きながら話し始めた。ヒーローたち全員に、未無の話が聞こえるように、できるだけ大きな声で…。

未無:…本当は!!!本当は、皆さんと、たくさんやりたいことがあった…!!先輩たちと、酒を酌み交わしたり…。同ランクの、ヒーローの子と、他愛もない、会話をしたり…。そんな毎日が、僕にも、来ると思ってた…!!なのに、上層部は…僕に消えるように、指示を出した!!!…「ヒーロー全員を消し飛ばす」か「ヒーロー基地に潜り込んでいたAI軍の残党、未無を消す」か、という上層部の残酷な提案…。あれ…本当はなかったんです。初めっからの提案は、僕を、「未無を消せ」という「命令」だったんです。それを、長官が、どうにかならないか、って…人間を犠牲にしない方法はないのか、って掛け合ってくれて…。でも、僕、どうやら消える運命みたいです…。ヒーローの皆さん。そして、長官。今まで、本っ当に、ありがとうございました!!!!

未無はマイクを切り、深々と頭を下げた。未無の両目には、涙が溜まっていた。未無の話を、思いの丈を聞いたヒーローは、みんな泣いていた。自分たちで、かつての仲間を、消さなければいけない。その現実に、打ちひしがれていた。でも、ただ1人、あの青年だけは違った。

氷凍:おい、長官!!今からでもどうにかできねぇのかよ!?アンタの権限でどうにか…。どうにかさぁ…!!!

そう訴えかけている氷凍の目は涙で潤んでいた。

未無:…無理ですよ、先輩。

未無は諦めきった声で、氷凍にそう言った。

氷凍:でも…でも、このままじゃぁ、お前…。お前…!!

未無:涙で潤んでいる目で、訴えかけられても、何も感じませんよ…先輩。

氷凍:そう言いながら、お前…涙出てんじゃねぇか…。本当はどうなんだよ、消されたくないんだろ?

未無:…そりゃぁ、消されたくは、ないですよ。でも、これが…ヒーローの皆さんを救う、たった1つの手立てなんです。仕方がないですよ…。

氷凍:…仕方ない、で済ませられるのかよ…!?

未無の服の両襟をガシッと掴む。氷凍の手は、小刻みに震えていた。

氷凍:このままじゃ、お前…消えちまうんだぞ…!?それを分かって…。

未無:…分かってます。先輩に言われる、ずっと前から…。分かっているつもりです。

未無は今までにない冷たさと圧と鋭さを持った声で、そう言った。

氷凍:その目、その声、その圧…どうやら、覚悟は決まってるみたいだな。

未無:この知らせを聞いた時から、腹をくくっていると言ったはずです。

氷凍:…そうかよ。

氷凍は両手にしっかり掴んでいた未無の服から手を放し、両目に溜まった涙を拭う。

氷凍:長官!!このヒーロー基地の責任者として、アンタが最期の相手をしてやれ。…アンタにしか、話せないこともあるだろうからな。

氷凍は、精一杯の大声で、そう伝えた。

長官:…分かった。最期の相手は、私がしよう。未無、このあと残ってくれ。それでは、ヒーロー諸君、解散!今まで、ご苦労であった…!!!

ヒーローたち:…ありがとうございました!!!

ヒーローたちは、泣きながら、それぞれの部屋へと帰っていく。ヒーローたちの泣き声が、遠ざかっていく。そして、静かになった。

未無:長官、始めましょうか。

長官:あぁ、そうだな。

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