第2章
ヒーロー基地に戻ると、長官の話が既に始まってしまっていた。
青年:バレないように、こっそり戻るぞ。
少年:はい。抜き足差し足忍び足…。
指揮長官:…特に、たった今戻って来た、最前線で戦っていた氷凍、未無、薄の3名には称賛の意を述べたいと思う。よく頑張ったな。
氷凍、未無:称賛のお言葉、ありがとうございます!
長官からの称賛の言葉を受け、氷凍と未無の2人は即座に足を開き、手を後ろで組み、感謝の意を述べた。
薄:……。
氷凍と未無と同じくして最前線で戦っていた薄は、感謝の意は述べなかったものの、即座に右手で敬礼をした。
未無:(最前線で戦っていたのは僕たちだけじゃなかったんだ。っていうか、AI軍が湧いて出て来てたのを倒してたのって…もしかして彼女たった1人?だとしたら一体どんな異能であれだけの数のAI軍を倒していたんだろう…。)
長官の話が終わった後。
氷凍:未無、聞いてるか?
呆けた表情で考え事をしていた未無に、氷凍が喝を入れるかのように話しかける。
未無:は、はい。何でしょうか?
氷凍:ボーッと突っ立っておいて、はい何でしょうか、じゃねぇよ…!…長官からのお呼び出しだ。氷凍、未無、薄の3名は指揮長官室に来るように、だとよ。
未無:そ、そうですか。
氷凍:お前、長官の話聞かねぇで、何考えてたんだよ。
未無:いや、薄さんって何者なのかなって…。
氷凍:あぁ、俺たちと一緒に長官に呼ばれてたアイツか。どうやら、最前線で俺たちと一緒に戦ってたらしいが…。
未無:はい。あくまで僕の推察ですけど、戦場の最前線で、AI軍が大量に湧き出て来た所が数ヶ所、あったじゃないですか。もしかしたら、そこを薄さんが1人で担当していたのかなぁ…なんて、考えていたんです。
氷凍:あぁ、あそこの担当だったっけ…。影薄くてよく覚えてねぇな。
氷凍は深く考え込む素振りを見せる。担当者名簿の記憶を辿ってみても、彼女の名前と配置だけぼんやりとしている。…やっぱり、覚えていないようだ。
氷凍:…うん。やっぱり、アイツの担当場所と名前だけ、記憶から抜け落ちちまってる…。
未無:いや、それ結構失礼ですからね!?
かなり大きな声で咄嗟にそう返す。
氷凍:まぁ、続きは歩きながら話すか…じゃないと遅刻して怒られちまう。
未無の話を右から左へと流す氷凍。
未無:いや、無視しないで下さいよ!
氷凍:無視はしてねぇよ、ちゃんと聞いてもいないが。
未無:ちゃんと聞いてください!
未無は少し語気を強めて言う。
氷凍:ご、ごめんって…。
未無:分かればいいんですよ、分かれば。
氷凍:で、えーっと、薄さんの話だったっけか。
未無:はい。彼女の異能って一体…。
氷凍:平たく言えば、触れたものの影を操る異能だ。何でも、その影をうまーく活用して、攻撃にも守りにも使えるみたいだぜ。ちなみに異能力ランクは俺の1つ上、Sランクだ。
未無:…なんか、納得しました。薄さんが、何であの場所の担当だったのか。
そうこう言っている間に、指揮長官室に着いた。
氷凍:ここだ、入り方は分かるな?
未無:はい。でも、自信がなくて…。
氷凍:分かってるさ。こういうのは、異能力ランク順だって、相場が決まってる。
氷凍は指揮長官室のドアをノックする。回数は、3回だ。
氷凍:Aランクヒーロー、氷凍です。
続いて、未無も指揮長官室のドアをノックする。回数は…2回だ。
未無:Cランクヒーロー、未無です。
長官:入れ。
氷凍、未無:失礼します。
未無が先にドアを開けて待機し、氷凍が長官室へと入る。氷凍が入ったのを確認し、未無はドアを閉めた。
長官:適当に腰掛けていいぞ。
長官は2人に背中を向けて、コーヒーを淹れながらそう言った。
未無:は、はい。
氷凍:そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ。あの長官、意外と怖くはないから。あと助言しておくと、ノックの回数は3回が常識だから、覚えておけよ。
氷凍が小声で未無に言う。
未無:助言まで…ありがとうございます、先輩。
そう小声で返した。
長官:コホン。薄は、まだ来ないのかな?
長官は、2人の会話は聞こえていないふりをした。対する2人は会話が聞こえていたのかと思い、少しだけ、空気が張り詰めた。だが、その空気感を破るように、何もないはずの床から這い上がって、薄が登場した。
薄:はい、私なら…ここに。
未無:うわあぁ!!?びっくりさせないでくださいよ、薄先輩!!
薄:あ…ごめんね、えぇっと…。
未無:自己紹介が遅れてすみません。Cランクヒーローの未無です。よろしくお願いします。
未無は薄に向かって右手で敬礼をする。
薄:あぁ、うん。私はSランクヒーローの薄、よろしく…。
長官:薄君、自分の影を操って勝手に入ってくるのはやめるように、と何回も言っているだろう。
薄:申し訳ありません。育ちがよくないもので…。
長官:全く…君も、適当に座ってていいぞ。
薄:失礼します。
薄は氷凍と未無の座っているソファの肘置きに腰かけた。
長官:さて。まずは最前線での戦い、ご苦労だった。
長官が3人に向かって右手で敬礼をする。
長官:実は無線機でやり取りは聞いていたんだが…氷凍君、未無君。君たちは話し過ぎだ。もっと集中してAI軍と戦いなさい。いつ、AI軍が最前線を抜けても、おかしくないからね。
氷凍、未無:はい、申し訳ありません。
氷凍と未無は頭を下げた。
長官:まぁ、それはそれとして。…実は君たちが話している時に、とんでもない事態になっていたのだよ。
氷凍:…とんでもない事態、とは何でしょうか。
氷凍が、内容が恐ろしくて聞けないであろう未無の代わりに、恐る恐る、そのとんでもない事態の内容を聞く。
長官:薄君の異能が暴走したんだ。暴走した彼女の異能は、触れたものの影が意志を持って動くようになる、そういった異能へと変化するんだ。今回の場合は彼女を攻撃してきたAI全てに暴走した異能が発動した。そのおかげでAI同士の仲間割れが発生した。あれだけのAI軍を倒せたのも、彼女の異能が暴走したからこそ、と言ってもいいだろうね。だが、その代償と言っては何だが、彼女は暴走した異能を止めるのが大変だったそうだ。未無君、君が気付けていれば、防げた事態だぞ。
未無:…承知しております。僕の異能はそのためにあると言っても過言ではありませんので。
未無の目が少し潤んだ。
(僕の異能があれば…僕がいち早く気づいて薄先輩の元へ走れていれば、薄先輩に僕の異能無効化の異能が使えていれば、そうすれば防げた事態…。)
長官:…というわけで、念のため、彼女の異能を無効化してくれ。未無。
長官は、未無に長考する隙を与えなかった。
未無:は、はい。薄先輩、手を出してください。
未無は両手の手袋を外す。それは薄も同じだった。
薄:う、うん。
薄は大人しく素手を差し出す。未無はその上に自分の素手を重ねる。
「異能力:無効化!」
薄の異能が無効化され、薄の背後にあった影は姿を消した。
未無:薄先輩、これで一旦は大丈夫です。異能無効化の効果は24時間で切れますので、ご注意を。
薄:わ、わかった…。えっと、その…ありがとう。
薄は照れくさそうにお礼を言った。
未無:いえ、当然のことをしたまでですので。
未無は薄に向けて、右手で敬礼をする。
長官:これで以上だ。解散!
氷凍、未無、薄:失礼します。
3人は長官に頭を下げ、各々、バラバラの方向に指揮長官室を去った。
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