スーパーマリオの亡霊

鬱ノ

スーパーマリオの亡霊

友人Aは、実際には存在しないものが、常に視界の隅に見えていると言う。具体的には、黒っぽい長方形の影が2つ、並んで見えるのだそうだ。丁度コンセントの穴の形に似ているらしい。

私は話を聞いて、網膜の異常かあるいは脳腫瘍の兆候ではないかと考え、彼に病院で診てもらうことを勧めた。しかし、Aは全く異なる解釈をしていた。彼は、自分が霊に取り憑かれていると信じていて、その霊は「マリオ」だというのだ。

彼によれば、視界に見える長方形の2本の縦線は、ファミコン版マリオの、ドット絵で表される目の部分らしい。彼は更に言う。


「スーパーマリオブラザースで、マリオはプレイ中いつも横を向いている。だからマリオの目は、基本的に横顔の時見える2ドットの一本線なんだ。でも、正面を向いて4ドットの二本線になる瞬間がある。それは死ぬ時だ。四肢を広げ断末魔の表情を見せる瞬間だけ、唯一マリオは正面を向くんだ。あの目、死を見つめる目で、マリオは俺を見ている。今、この瞬間も」


私は彼に反論した。


「仮にゲームキャラの霊だとして、ファミコンのキャラはマリオに限らず目は2本線だっただろ。ドラクエだろうがFFだろうが」


しかし、Aの答えは断固としていた。


「あれだけ殺したのはマリオだけだ。俺はマリオに怨まれている」


Aはマリオの思い出を滔々と語り出した。Aは幼い頃、ファミコンのマリオが唯一の友達だった。彼にとってマリオは、孤独を忘れさせてくれる特別な存在だったという。しかし同時に、ゲーム上自分が繰り返し彼を「殺している」という事実に、Aは罪悪感と混乱を感じているようだった。私には、彼のマリオへの執着が歪なものに見えた。


私の心配が現実のものとなり、友人Aに脳腫瘍が見つかった。

幸いにも彼は手術を受け、無事に回復することができた。2本線の幻覚は、もう見なくなったという。しかし、Aはその幻覚が単なる病気の症状だったという事実に、深いショックを受けていた。


「マリオは俺を見ていなかった」

彼は静かに言った。


しばらく経ってAの家を訪ねた時、彼はファミコンのコントローラーを一心不乱に操作していた。彼の目は画面に釘付けで、部屋にはマリオのBGMが響いていた。一瞬、彼がゲームを楽しんでいるのかと思ったが、すぐに異変に気づいた。彼は単にゲームをしているわけではなかった。画面の中のマリオを、何度も何度も故意に死に至らせていたのだ。

そしてその間、彼はひたすら同じ言葉をブツブツと繰り返していた。


「俺を見ろ」

「俺を見ろ」

「俺を見ろ」

「俺を見ろ」

「俺を見ろ」

「俺を見ろ」



(了)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スーパーマリオの亡霊 鬱ノ @utsuno_kaidan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説