第1話 二人の姉妹と不思議ないとこ
「こちらのお部屋はいかがでしょう。3LDKで個室は狭いですが、その分、共用部分にあたるリビングルームは広くなっております」
不動産業者がにこやかにお勧めしてくる。私はスマホのアプリで方位磁針を立ち上げて確認をしてみた。
「うーん、日当たりは方位がこっちが北だからまあまあかな。あとコンセントの数はどうかな……」
「きゃあ、すっごい高い眺め! うわ、高い建物? 浅草十二階塔よりも高いのが二つもある!」
「遥香、和葉さんを黙らせて」
「和葉さん、ちょっと静かにしてくれませんか?」
しかし、和葉と呼ばれた女性はお構い無しに続ける。
「うわーっ! あっちには何? 山? 富士山? うわーっ! 川まで見えるの? すごーい!」
「四階でここまではしゃぐとは、まあ……賑やかな方ですね」
不動産業者は説明を中断してちょっと苦笑いしている。
「すみません、いとこなのですが、なんというか、世間知らずで……えーと、介護などで田舎にずっと住んでいて引きこもりに近かったから久しぶりの都会にはしゃいでいるのです」
「はあ」
「それで、まあ、えーと、もっと都会のことを経験させろと親から頼まれまして」
「はあ、ならばここは交通の便も良いから充分楽しめると思いますよ」
私はなんとか誤魔化すための設定をいいながらこの場をしのごうとした。しかし、彼女はそれをぶち壊す。
「きゃー! 病院でも見ましたが、ポンプより簡単に水が出ますのね! しかもお湯まで出る! お風呂もあるなんて!」
「和葉さん、こっちは火を使わない『あいえいち』で熱くなって料理できますから、慣れるまではうっかり触らないでくださいね」
「まー、不思議! お金持ちの家みたい!」
遥香までノリノリでレクチャーしている。お願いだから、事情をあんまり話したくないのだから二人してはしゃぐな。担当者の顔がどんどんと引きつっている。
「ま、まるで江戸時代から来たようなはしゃぎ方ですね」
「そ、それだけド田舎だったのです。遥香、交通の便はいいけど、和葉さんの静養のためにもやはり静かなところがいいかしら」
「うーん、そうなるとこっちの徒歩二十分の物件ね。自転車置けるならなんとか……」
遥香が中断してプリントをめくって真面目になったが、またも和葉がぶち壊す。
「大丈夫です! 病気も治ったから二十里でも簡単に歩けます!」
「に、二十里? 二十キロの間違いでは?」
だめだ、これ以上ややこしくしたくないので、私はこの物件を速決に近い形で契約することにした。
〜〜〜
「さて、荷物も運んだし、和葉さんの服もファストファッションだけど揃えたし。あとは記憶が戻ればいいのだけど」
「なんか着るのは楽なんですけど、慣れない服ですわ。髪の毛も縛るだけなんて、だらしないみたい」
和葉は何となくむずむずしたように髪や服を触っては落ち着かない。遥香はそんな彼女に諭す。
「和葉さん、令和の今は日本髪を結う人は歌舞伎役者と相撲取りくらいです。その服装には合いません」
「遥香、まだ彼女の言う事信じてるの? 記憶障害だから合わせると余計に治らないわよ」
「姉さんこそ、もうちょっと事実を整理して飲み込もうよ。あり得ないは発見や発明の妨げよ」
「そうじゃなくて、私は医療関係者としてね……」
私と遥香が口喧嘩しそうになったところ、和葉さんが丁寧に正座してお辞儀をし、お礼を言ってきた。
「円香さん、遥香さん。お二人ともありがとうございます。このままだとこの『れいわ』の時代で一人彷徨って野垂れ死にするところでした」
「そ、そんな和葉さん。大袈裟にかしこまらないでいいよ。私達は呼び捨てでいいから。外にも親戚として通すのだからさ」
私が慌てて取り成すが、和葉さんは感謝の言葉をする。
「いえ、お二人が私を見つけてくれなければあのまま海で死ぬか、病で死ぬかの二択でしたから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます