最終話 ダイコン役者

「それは惚気のろけでございますな」


 “窓花”の中央に映る“本当のハンス”は試験管を手に愉快そうに笑った。


「好きに申せ!」


「アメリア姫と“生まれいずる御子”を御護りする衛士達もまもなく到着いたしましょう」


「ああ、入れ違いで私とエリザベート姫は今宵出立するつもりだ!アメリア姫の祝賀パーティーを抜け出してな!」


「東の彼の国には『釈迦に説法』と言う言葉があるそうですが……手練れのお二人とは言え、間者や刺客がウヨウヨしております。どうか道中お気をつけて! ご当主様はお二人を心待ちになさっておりますから」


「案ずるな!ハネムーンには甘いだけでは無くスパイスも必要なのだよ」


「お戯れを!」


「私が最もを感じているのはな、父上にエリザベートを引き合わせる時だ」


 画面の向こうの“ハンス”は肩を竦める。


「その様! ぜひ拝見したいものです!」


「そなたこそ戯れを申すな!考えるだけで私の胆が冷える」


 画面の向こうの“ハンス”は大仰に咳払いしてに申し渡した。

「それまでに入れ替わりがバレての無い様にな!これはエリザベート姫の“大婚約者ダイコンヤクシャ”から“そこの”ダイコン役者ダイコンヤクシャへの申し渡しだ!」


 “従士ハンス”は騎士の例に則り画面に一礼した。


「イース様! 無事のご帰還を心待ちにしております」との言葉を最後に“窓花”は萎れてしまった。


 “窓花”を埋め戻した“ハンス”ことイース公は立ち上がって遠くの頂を眺めた。


 満天の星の下、山腹から谷へと繋がるかがり火が明滅する。きっとウォーケン侯爵家から派遣された衛士達のものだろう。


 イース公の背後からは宴の準備の為の喧騒と素晴らしい料理たちの香りが立ち昇り、彼を誘う。


「さて、アメリア姫の為に一舞して進ぜようか」


 新たな家族の待つ家へ向かいながら彼の心は無上の幸福に満たされていた。





                          終わり


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ダイコンおろし! ~辺境の姫は婚約者から遣わされた従士に一目惚れ~ 縞間かおる @kurosirokaede

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