第2話 よ・う・か・い?
(ひ、百年……?)
わたしはめちゃくちゃ狼狽した。そんな大昔に生まれてないし、だいたい常識的に春先の東北で水泳する人の正気こそ疑わしい。
で、口から出たのは——
「あんたのことなんか知らないよ!」
えっ⁉︎ 自分が今言ったセリフ、自分の声に絶句してしまう。それはわたしの声ではなかった。もっと若い、十代の、声変わりが終わったばかりの少年の声だったから。
「ふふふっ」
水に浸ったまま女は笑っている。ふっくらしたくちびるに塗られた耐水性リップ、はげも褪せてもいない艶やかなローズピンク。似合っているけど色白なのでまるで人を食ったばかりの妖怪のようだった。
よ・う・か・い?
冷たい水の中でも平気?
さっきの大きな魚が跳ねたような水音……?
三つの謎にとらわれてしまった、そのせいなのか急に頭が重くなった。頭痛とはちょっと違う本当に重心が頭部にうつって、全身がぐらりと傾く。それまで留まっていた場所からバランスを崩してしまった。
(わっ、はわわわっ!)
わたしが留まっていたのは水面に垂れかかった木の先端だったのだ。その枝先からはじかれたように、わたしのちいさな身体は空中を舞っていた。
真っ青な、頂きに雪の残る磐梯山を臨む、湖の上をくるくるっと二回くらい回転し
(死んじゃう…⁉︎)落ちながら思った。
そして————
(これって夢だ、どこかから夢を見ているのよ!)
(いろいろおかしい。絶対おかしい。さっき新幹線の中で……すごく眠くて……眠気に負け……なのに、ここで空中に放り投げられてるの変! ぜったい変……こんな事故で死んじゃったら……まるで……)
「サトル…!」
真っ青な水面が目の前までせまって、落水する瞬間にわたしは弟の名前を叫んでしまった。
何年も前に亡くなっている……事故で……双子のおとうとの名を。
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