桜の精に転生したら沼で人魚が百年待っていました……

宝井星居

第1話 新幹線の薄い本

 ねむい、とても……。

 瞼をあけてもいられないくらいの眠気に見舞われていた。


 春だから? 夕べ泊めてもらった親戚のうちで寝付けなかったせい? 枕が変わると眠れなくなる。これだから女の子はめんどくさい、と親から言われたことがある。 

 二十年以上経っているがこの体質は変わらない。旅に不向き。なのに腰痛で動けない母親の代わりに、会津の叔父さんのお見舞いに行くことになった。

「帰りはゆっくりお城でも見たらいいべ」と叔母に勧められたけど、続けて仕事を休みにくいし、合同誌の原稿がまだ上がってない(こっちの方が重要)速攻帰ることにした。



 郡山で乗りかえ自由席に座れた。大宮まで眠っていかれる? ひとり旅でそれはかなり危険? 上野か終点の東京まで行ってしまうかも……でも抗いがたい、眠りの誘惑がつよすぎる。

 意識を保っていられたのは新白河の手前……。

 シェードを下ろしていない車窓の四月一日エイプリルフールのうららかな陽光にさらなる強い眠気にいざなわれ……最後まで視界にあったのは、座席の背面ポケットに入ったJRの冊子、表紙の山並みとその手前にひろがる青々とした湖面…………





 バッシャ——ン!

 水の音?

 何かが水面みなもを叩いた、そんな音だった。

 鯉とかそんなような魚が水の上に跳ね上がって、落ちてあげた音……?


 ぱしゃ。

 さっきより小さな水音が響いて、わたしは——視力をてにいれた。

 真下に真っ青な水が広がっていて、水の上に長い黒髪をひたいにへばり付かせた顔が出ている。海女さん? とっさに同人仲間の持ちキャラが浮かんだが、なんか違う、かなり違う。なんだか……人間っぽくない。目も鼻も口も人間ならかなり美人だと思うが、たぶん海女さんじゃない、ここは伊勢志摩じゃないと思ったし水泳に向かない。水面にこぼれて浮いているのは桜の花びら。春四月のはずだ、水温が低すぎると思う。人間はこんな季節に湖……たぶん、そんな気がする……では泳がない。


「おい、お前」と水の中の女に声をかけられた。

 メゾソプラノだった。顔だちのととのった女は声も美声だったが、言葉遣いはかなり横柄だった。

「ひさしぶりだな、百年ぶりか?」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る