第3話 悔いのない前世、老人の今世
女性用コルセットを付けて歩いているからか、ついてきている主治医さんはもの凄い複雑な表情をしている。腰の痛みにコルセットは必要よ。
コルセットの中は薬を塗ったあて布も入ってるし、紐も目一杯使っていてギッチギチ。見栄えも悪いが……まぁいい。うん、普通に歩けるし筋力は結構あるな、この爺ボディ。だが腰は痛い。
転生して歩くことも出来ない状態のままベッドで一生を終えるとか嫌だしがんばろう。痛すぎて脂汗が出てるが。
「おー……」
たった数m先、部屋から外は見えなかったのだが、外は……見たことのない景色だった。
空には太陽じゃない星が大きく出ていて、ほんのりエメラルドグリーンのような輝きをしている。植えられた木々の表面にもまとわりつかれるようになにかが光っている。
たまにしか見かけなかった異種族らしき人がいて、こちらに頭を下げている。その角は本物だろうか?
「~~~、~~~~」
「感謝」
壁が無い中庭に向かおうとよちよち歩く自分。寝ていたから良くはわからなかったがこの体は意外と背丈がある。背の低いロルマーが転けても大丈夫なようにか近くをウロウロしてくれていたのだが中庭にあるベンチを指さした。
急な運動は良くないしね。本当にありがたい。
「……ふぅー、はぁ」
ベンチに充分な時間をかけて座って、よく自分の手を見る。
やはり老人の手。関節で骨がゴツゴツしていて、傷だらけだ。
腰も痛いし全身が痛い。ただ寝すぎていて背中が凝ってる感じがしたので座りながらゆっくりゆっくりとストレッチする。激痛がときおり走るが体の具合を確かめるように……ゆっくりと体を伸ばす。
ロルマーによる絵だと腰が90度逆向きに折れていたし、下半身不随になっていてもおかしくなかったはず……過剰に絵で描かれただけかもしれないが。
しかし、一体何でこんなことに。ちょっと40か50連勤してただけなんだが……。いや、うん、働きすぎだな。
そう考えるとなんか汗臭くないかと心配になってきた。前世の体とは感覚が違うのか…………よく嗅ぐと加齢臭がするんだがっ!?
「~~~~?」
「大丈夫、水、熱い、する」
「??~~?」
「そう、たぶん」
たぶんジェスチャーでお風呂に入ることが通じたように思う。
怪我人の治療中であれば汗臭いとかは仕方ないだろう。消毒薬臭いとか薬臭いとか……しかし、うん。少しでも動けるなら一度スッキリしたい。痛みで嫌な汗をかいていたし、なんだか体がかゆい気もしてきた。
まだ拙いこちらの言語で伝えるとお風呂に案内してくれそうだったが、主治医らしき人に止められた。拙い言葉での会話では理解できなかったが絵でまだ危険だから駄目ということは理解できた。
仕方ないな、まだ無理はできない。『年寄りの冷や水』という言葉があるし、自分だってもしも自分が介護してる相手がフラッフラなのに「風呂に入りたいんじゃ!」とごねたら困ると思う。
「~~~~、~~~」
「~~、~~~~~!」
しかし儂が歩くとここの人はみんな頭を下げる。
凄く偉そうなマントを付けてるおじいさんでも道を開けて頭を下げてくる。なにか声をかけてくる人もいるがこちらが困惑していると主治医らしき人とロルマーくんがなにか説明すると凄く悲しそうな顔をした後に何かを言って片膝で自分の膝の高さまで深く頭を下げてくる。
よくわからんが、とにかく尊敬されてたんだろうなオーフェルさん。なんだか申し訳なく感じるし正直対応に困る。
とにかく療養しないとな。
ベッドに入って寝る。薬を塗られる。主治医さんとロルマーくんに世話をされ、絵で言葉や常識を知る。
ちょっと驚いたのはロルマーくんである。耳の長さを指さして自分の耳も触ってみせるとロルマーくんはおそらく種族が違うと教えてくれた。いやそこに驚いたわけではない。絵に書かれたロルマーくんはずっと若いままだが横に描かれた丸い耳の人は若者から青年、青年から老年、老年から……多分墓?に行き着く。それでもロルマーくんは若いまま。あれか、やっぱりエルフか。
話をする。自分のためになる知識が増えていく。
――――だけど、どこか虚しい。
前世では特別何かを成し遂げられたわけじゃない。
ただただ生きて、入院した母さんを看取れた。そしてブラック会社にいた。それだけ。
…………良い人生だった。
きっと人によってはなんてクソな人生と思うだろうけど、それでも自分では良い人生だったと思う。
何の犯罪を犯さず、誰にも迷惑をかけることもなかった。
もっと長く生きて、嫁さんを作ったり子供を作ったほうがきっと親孝行だったと思う。
だけど、自分なりに生きて、自分なりに頑張れたと思う。母さんの病気は良くはならなかったけど高い金でも払わなかったらきっと後悔していた。母さんを見捨てずに生きれた。会社だってできるだけ良くしようと頑張った。雇ってもらった恩義には報おうと最後まで頑張れた。
良い人生だったと自分で心から認めることが出来る。
反省してみると友人付き合いは仕事を理由におろそかにしてしまっていたし、結果童貞で死んでしまったわけだが……。いや、うん、もうちょっと賢い生き方はあったのかもしれない。
自分なりに努力した。
最後はムカつくことばかりだった気もするが、それでもそのムカつくようなことでも先代のためでもあったし、あまり苦には感じなかった。
誰かのために、俺は頑張れた。
しかし、体が違う今は――――――…………どうだろうか?
以前の自分にはまだ若さがあった。未来があって、希望があった。
何かをやり始めるようなことも考えていた。やったことのない園芸やキャンプも興味があって調べたり、実行はできないままにいろんな趣味をネットで調べて……それで、満足していた。いつかは役に立つかも知れないとネットの動画を見漁るだけが楽しみだった。
なのに、今は――――老人だ。
体を動かすだけで体の節々は痛むし、皮膚の表面は割れて痛みもする。鏡を見ても若さはない。何をしようにも……きっと時間がない。
これが夢ならと思ってしまう。少し落ち込んでいると自覚する。
誰かに迷惑をかけねば生きていけない。この国の常識も知らないし、きっと保護無しに放り出されば言葉のわからない自分は生きていけない。
この体になったのは自分のせいじゃないはずだが、この体の本の持ち主にも心底申し訳無さを感じる。
たまに儂に顔の似た多分息子とか孫がくるがどんな関係かもわからない。
いつ死んでもおかしくない老人になった自分。ストレスに感じていて献身的な若者に対しても当たり散らしそうになる時もある。そんな真似はできないしそれもまたストレスで……自分の不甲斐なさに怒りが込み上げてくる。
「どうかした?」
「なんでもない。……いつもありがとう」
「~~~変わったな。オーフェルは」
ロルマーくんは何歳なのだろうか?聞いてみたが本人もわかっていないそうだ。
酒が飲める年齢ということには安心した。美少年が酒飲みまくるのはなんか目に悪いし。
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