第4話 主治医のマティマ
主治医さんはマティマと言う名前だった。
二人共オーフェルとは凄く仲が良かったらしく、いつか思い出してくれることに期待してか自ら名前を教えてくれなかった。
とはいえロルマーくんが呼ぶとわかるわけで……名前を呼んでみると泣かしてしまった。
記憶が戻ったと思われたのだと思う。全くそうじゃなかったのだが――――悪いことをしてしまった。
言葉を教わってる途中だし、わからない部分はあるものの以前のこの体の持ち主について教わる。
このからだの元の持ち主『オーフェル』は何十年もこの国で活躍していた大軍でありとても慕われていたそうだ。
これでなにか思い出せるかもしれないと何日もかけて語ってくれた。過剰な身振り手振りで戦歴とか教えてもらった。
自分からすれば「へー、ふーん、ほーん」と他人事である。武勇伝とか聞いてると記憶が戻るとかよりも「その時その人がどうしたのか」と続きが気になったぐらいだ。すまんね、別人で。
自分がどっかの国の将軍の首を切ったとか言われても全く覚えてないし。
わかったのはマティマさんもロルマーくんも将軍として活躍中に儂が拾ったらしい。だから儂の介護は全く苦にしてないそうな。
……ちょっとわかるな。母さんが病気になった時、本人は学校に戻って勉強しろとか言ってたけど毎日顔を出すのにも全く苦にならなかった。自分がしんどいよりも、母さんが痛みで辛そうにしていたほうが堪えたな。
「マティマ、申し訳ない、覚えてない。でも治療、ありがとう」
「~~!私にそんな勿体ない!!?~~~~~~!!~~~!」
「ロルマー、なんて言っている?」
「恥ずかし~~~~」
「ロルマー!~~~~!~~~!」
わからない言葉でまくしたてられて困ったのでロルマーに聞いてみたが多分恥ずかしがっているようだ。
教えてくれたロルマーはマティマにしばかれていた。二人は仲が良いと見える。
数ヶ月経ったがまだ風呂に入れてもらえない。体を拭いてもらえるし桶で髪は洗ってもらえるので問題ないと言えば問題ないのだが……一度ボッキリ折れた腰にはなにか特殊な措置をしているためお風呂はまだ駄目らしい。
あれか、大きな鏡とかないし、自分の腰を見るなんて出来ないからわからないがもしかしたら手術とかで縫合した可能性もあるのか。
今日も中庭まで散歩し、部屋に戻る。大分体の痛みはマシになってきた。コルセットがないとまだ腰は激痛が走って動けないこともあるが。
「あれは何じゃ」
「あれ?~~トロッカの~~~~」
「あの人は?」
「使用人だ。名前は知らない」
ロルマーくんは儂の疑問に付き合ってくれる。常に一緒にいるのだけど、たまに酒を持ってきて一緒に飲んでもくれる。前世では酒にそこまで強くなかったから接待が大変だったけどこの体はいくら飲んでも心地よく酔える。たまにマティマさんに酒を飲んでることを見られて怒られるが。
たまに体が動かしづらいことや将来への希望がないことでどうしてもネガティブになることもあるが――――しかし、自分にはどうすることも出来ない。
普通に生活しているだけだけど、文化が違えば新たな発見もあったりして面白いこともある。
電気やガスや水道はないがこちらの料理はめちゃくちゃ美味い。透き通ったスープとか目玉が飛び出るかと思えるぐらいには美味かった。普通においてある果実なのにでさえ、震えるほどに美味しかった。
まだ出される料理は病人食なのか肉は少ないが、いつか腹一杯になるぐらい食べてみたい。
小さな楽しみもあるし、今を大切にしよう。
「これどうぞ」
「おぉ、ありがとう!」
マティマさんが歩行用の杖をくれた。中庭までいつも壁を伝って歩いていたが活動範囲も広がってきて壁がないと厳しい場面もあった。ロルマーくんも助けてようとしてくれているが儂と比べて結構背が低い。
凄く嬉しい。自分の為を思って作ってくれた杖だ。
しかしちょっと、爺さんだから、これからは『杖』が必要と思うと複雑な心境である。………………そう、これこそ『年寄扱い』かと――――現実を突き詰められる。年寄りなんじゃが。
ゆっくりゆっくりリハビリして、挫けそうな心を追い払うようにする。
どこかで「もしもこの身体の痛みが死ぬまで続くなら」「治ることがないのなら」ねんてよぎってしまう。
しかし、助けてくれる人はいる。健康になってほしいと願っている人がいる。
何がどうして自分がこの老人になったのかはわからない。もしかしたら頭でも打てばこの体の本来の持ち主と入れ替わって……俺は天国に行くのかもな。
童貞のまま死にたくはないが。いや、まぁそこはいいか。
しばらくはこの新たな相棒とともに療養する。
今は体が弱って心が弱っているだけだ。体の痛みもなくなれば、言葉を覚えることができれば……日本の知識を使ってなにか売ったり働いたりして……ケモミミ人間が当たり前の世界だ!若返りの泉とかあるかもだ!なにか美味しいものを探すのも有りだな!!
……ずっと療養してた母さんもこんな気持だったのかなぁ。
まぁわからんことはわからん。もしも元のオーフェルに体の主導権が持っていかれたとしても、できるだけ良い状態で返してやりたい。
杖を使って移動していると沢山の人とすれ違う。
たいてい頭を下げてくるのだが頭は下げずに仕事をしてほしいとロルマーに話してみるも通じない。
ちょっと申し訳なく思って夜中に人の少ない場所を歩くことにした。
「ロルマー、歩く。良い?」
「遠慮~~でいい」
「感謝」
「~~~酒~~飲む。まって」
ロルマーは儂がどんな行動をしようとしても嫌な顔ひとつしない。むしろ深夜だろうが朝だろうが昼だろうが、声をかけないと怒る。一度寝ているロルマーを起こさないように頑張ってトイレに行こうとしただけなのに怒られた。
マティマにも声をかけるように言われたが、彼女はずっと儂を今以上に治せるように薬を調合したり、机にかじりついて本と格闘している。あまり声はかけにくい。
夜中、満天の空の下、やっとで中庭のベンチに行って……ロルマーと酒を飲んだ。つまみはサラミとチーズのような塩気のあるもの。それにオラルマと呼ばれるみずみずしい桃のような柔らかな果実をつまみにする。
「乾杯」
「~~」
ニカッと笑みを浮かべるロルマーと旨い酒を飲む。わからない言葉でも少しずつ語ってくれて、段々とわかるようになってきた。
まだ少しだけで、まだまだ何を言っているのかわからないがそれでも笑って話してくれる。
「~~~オーフェル」
不意に何処かから声がしてみてみるとおじさんがいた。
どこかで見たような気が……。
「オーフェル!~~~、~~~~!」
きょとんとその人を見ているとロルマーが地面に両手をついた。大臣だろうとそんなことをしなかったロルマーが。……あ、これ王様か!?
急いで手をつこうとしたのだけどその前に王様は近寄ってきてベンチに身体を預けても良いのだと言うかのように胸を押してきた。
少し悪戯っぽい顔をしてから、すごく悲しそうな顔をした王様。どうしたものかと思っていたら横に座って酒とつまみを食べ始めた。
「~~~~」
「~~~、~~~~~~。~~~~~」
「~~」
「……~~~~~~」
何を話しかけてきてよくわからないでいるが構わず話しかけてくる王様。ちびちびと酒を飲んでつまみを食べる。たまに酒をついでおく。気まずそうにロルマーくんがすぐ横に立っていたので、狭いが王様と反対側に座らせようと引っ張ったらロルマーくんは思いの外軽く、儂の膝にストンと落ちて乗っかった。
「~~~!~~~~!!」
ゲラゲラ笑う王様に、何が起きたのかきょとんとしているロルマーくんをちゃんと膝に乗せて撫でておく。儂が拾ったらしいし、これぐらいは問題なかろう……うちのこはかわいかろう!!
よくはわからないが恥ずかしがるロルマーくん、笑いが耐えきれずに何故か上機嫌となった王様。
結構な量の酒を飲んで、つまみもなくなったところでマティマさんに怒られて……よくはわからないが楽しい宴会はおひらきとなってしまった。
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