29話 蚊帳の外から観る景色
(2035年4月10日・夜)
丘菟、アソン、リル、ピヨニット、セバスは浮島の遺跡の小部屋で、ボーン系モンスターのパーティー――ボーンウォーリアー、ボーンマジシャン(前回の仕様)、ボーンマジシャン(扇を咥えた仕様)、ボーンフェンサー、ボーンアサシン――を討伐し終えたばかりだ。部屋の中央に浮かぶ水晶が蒼白い光を放ち、「試練の第一段階をクリアしました」と機械的な音声が響く。丘菟は剣を鞘に納め、「まだ続くのか。トランジット・コアに近づいてる気がする」と息を整える。アソンが扇を閉じ、「やったぜ!この調子なら次も楽勝だな!」と笑う。リルが「皆の連携、最高だったよ!」と目を輝かせ、ピヨニットが「私が役に立てましたわ、アソン様、丘菟様!」と耳をピクピクさせる。セバスが「お嬢様の勝利、見事でございました。丘菟様、リル様もお見事でございます」と穏やかに褒める。5人は次の試練に備えつつ、小部屋の静寂に耳を澄ます。
場面は一転する。薄暗い巨大な空間が広がる。そこは無数の機械の箱が整然と並び、それぞれが低く唸るような音を立て、表側では赤や緑のランプが点滅を繰り返す。箱の裏側からは、まるでクラゲの足のように無数のケーブルが伸び、床や天井に絡みつくように広がっている。壮観なその光景は、まるで生き物の脈動を思わせる。空間の奥、壁に沿って巨大なスクリーンが複数並び、青白い光を放ちながらゲーム内のデータを映し出している。スクリーンの手前には三人掛けのテーブルが置かれ、虹色に光るキーボードとマウスが3セット整然と並ぶ。部屋はスクリーンの明かりだけで薄暗く、静寂の中に機械の唸りが響く。
その空間で、備え付けのゲーマー御用達のパソコンチェアーに軽く腰掛ける男性がいる。40代後半、白髪混じりの長い髪をヘアゴムで背中に括り、目元にはくまが鎮座している。やや疲れた表情だが、鋭い眼光は健在だ。彼はテーブルに両肘を立て、腕を組んで拳に顎を載せ、思案に耽っている。「ちょっと、脇田君の言ってた通りだな。設定よりも能力値が高くないか、この執事っぽいAIパートナーって」と独り言を呟く。顎を載せるのをやめ、腕組みを解き、左手でマウスをクリックし始める。右手は頬杖をつき、スクリーンに映るデータをじっと見つめる。
スクリーンには、丘菟たちの戦闘ログが流れる。ボーンフェンサーがセバスのレイピアに貫かれ、塵と化した瞬間がリプレイされる。「物語上で試練に挑むだろうって、個別設定でグレードを上げたボーンフェンサーがさ、たった一人で立ち向かってお遊戯をするみたいに倒しちゃってるし…やっぱこの執事、おかしくね?」と男性が呟く。彼の声には呆れと興味が混じる。セバスの動きをスローモーションで再生し、レイピアの軌跡や反応速度をチェックする。「パラメータ設定は標準のはずなのに、反応速度が異常に高い。学習速度も速すぎる」と眉を寄せる。
彼は椅子の背もたれに体重を預け、スクリーンを切り替える。今度は丘菟の剣技、アソンの風魔法、リルの炎魔法、ピヨニットのダートナイフの投擲が映し出される。「このパーティー、連携も悪くないな。特にこの剣士と魔法使いのコンビ、バランスがいい」と頷く。だが、すぐにセバスのデータに戻り、「でも、やっぱりこいつが問題だ。マザーAIに管理を大分任せてるけど、これ変だろ」と独り言を続ける。空間には彼一人しかおらず、反応してくれる者は誰もいない。スクリーンの光が彼の顔を青白く照らし、機械の唸りだけが静かに響く。
男性はマウスを動かし、セバスの行動ログをさらに掘り下げる。「脇田君が『このAI、なんか自我っぽい動きする』って言ってたけど、ほんとだな。設定上はアソンのサポート特化のはずなのに、戦闘中の判断がプレイヤー並みだ」と呟く。彼はキーボードを叩き、セバスの学習履歴を呼び出す。「戦闘回数が増えるごとに、反応パターンが多様化してる。まるで…いや、まさかな」と首を振る。スクリーンに映るセバスのレイピアさばきをもう一度再生し、「この動き、まるでフェンシングの達人だろ。AIがここまで最適化するなんて、想定外だ」と笑う。
彼は一瞬手を止め、空間を見回す。「マザーAI、聞いてるか?お前の管理下でこんなイレギュラーが出てるぞ」と呼びかけるが、返事はない。「まぁ、いいか。こいつらがトランジット・コアに辿り着くまで様子見だな」と呟き、スクリーンに丘菟たちの現在位置を表示する。遺跡の小部屋で次の試練を待つ5人の姿が映し出される。「この剣士、丘菟って名前か。なんか見覚えあるな」と男性が呟き、データベースを検索する。丘菟のプレイヤー情報が表示され、「ふむ、身体測定のログがリアルデータとリンクしてるのか。面白い仕組みだな」と感心する。
スクリーンに映る丘菟が剣を手に次の通路を進む準備をする。「このパーティー、どこまで行くか楽しみだな」と男性が笑う。彼はマウスをクリックし、遺跡の次の試練データを確認する。「ボーン系モンスターの次は…ふふ、こいつらなら突破するかな」と呟く。スクリーンに新たなモンスターのシルエットが映り、男性の目が細まる。「マザーAIがどんな試練を用意したか、俺も知らん部分があるからな。セバスのイレギュラーがどう影響するか、見ものだ」と言う。彼は椅子の背もたれに深く凭れ、スクリーンをじっと見つめる。
場面は再び遺跡の小部屋に戻る。丘菟が「次の試練、どんなのが来るかな」と呟き、剣を握り直す。アソンが「何来ても俺の風でぶっ飛ばすぜ!」と扇を広げる。リルが「私も魔法で援護するよ!」とタクトワンドを構える。ピヨニットが「私がダートナイフでやっつけますわ、アソン様、丘菟様!」と気合を入れるが、ナイフを落とし「あぅ!」と慌てる。「ピヨニットさん、お嬢様の前でご注意を」とセバスが冷静に言う。「お前ら、準備いいな?」と丘菟が笑う。「お嬢様のために私が先陣を切りますございます」とセバスがレイピアを手に進む。5人は通路の奥へ進み、遺跡の深部へと踏み出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます