21話 料理部兼クラスメイト

教室に戻り、丘菟は「男としてなんかもう情けなくなってきたな」と小さく呟きながら、体操服から制服へ着替え始める。身体測定での結果や女子生徒達に囲まれた一件を思い出し、ため息をつく。シャツを脱ぐと、少し汗ばんだ肌が空気に触れ、ズボンを手に持つ手が一瞬止まる。そんな丘菟を、鏡茨飛鳥を筆頭に女子生徒達がチラチラと見つめている。「ねえ、丘菟ちゃんって華奢だけど筋肉はあるよね」「腹筋も薄っすら見えるし」と飛鳥が小声で呟くと、他の女子が「うんうん」と頷きながら自然と円陣を組む。ゴニョゴニョと何かを話し合っているようだが、主人公特有の難聴なのか、丘菟には全く届かない。「何だよ、あいつら」と首を振ってシャツを着込み、ズボンを履いて制服を整える。着替えが終わり、席に座って荷物をまとめていると、飛鳥が近づいてくる。

「鏡茨さん、今日は新年度になって初めての料理部がある日だね」と丘菟が声を掛けると、「あぁ、私のはしゃぎ具合で分かっちゃった?」と飛鳥がニヤリと笑う。「丘菟ちゃんは兼部だから忘れてると思ってたのよ」と付け加え、目を細める。「ちょっと!シオリンと私の事も忘れないでね!」と少し赤毛がかったハネ髪に特徴的な鳥飾りの髪留めをつけた白縫希翠が割り込んでくる。白縫は147センチほどの小柄な体型で、中学生で成長が止まったかのような華奢さがあるが、声は小さいながらよく通る。「うんうん」と白縫の後ろから被さるように立つのは藤ヶ谷栞里だ。栞里は片目が隠れる左右非対称な髪型を肩まで伸ばし、現在歯の矯正中で口元に金具が見える。基本無口で、白縫が「シオリン」と呼ぶ幼馴染に「ようがない」と頷きで返す。「そうだな」と丘菟が呟き、「そういえば、別々のクラスだったのに料理部の3人が一緒のクラスメイトになったんだなぁ」と気づく。一人暮らしとリンク・ワールドで手一杯で、クラスメイト全員を覚えきれていなかった自分に苦笑する。

飛鳥は普段、クラス内のパワーバランスが崩れないよう丘菟に構いすぎないよう自重しているが、今日は部活があるせいか箍が外れている。「じゃあ、調理準備室行こっか!」と飛鳥が先導し、丘菟、白縫、栞里の4人で教室を出る。調理準備室に着くと、部員は丘菟達を数に入れず10人ほど。月に3回の活動のため兼部や幽霊部員も多く、物語上絡みも少ないので丘菟も名前を覚えていない。料理部は今年、クラスメイトになったメンバーでグループを作る方針らしく、4人は自然と一緒になる。「来週は調理だから、グループで何作るか決めてね」と家庭科の塚井ギン先生が言う。御年59歳、来年定年の彼女は割烹着姿で、腰が少し丸まったおばあちゃんらしい雰囲気だ。「メニューは春キャベツとベーコンのパスタと、コンソメのオニオンスープよ」と黒板に書き、4人に目を向ける。

「じゃあ、どうやって食材担当するか話し合おうか」と丘菟が提案し、4人で机を囲む。しかし、なかなか決まらない。「春キャベツは私が持ってこようか?」と飛鳥が言うが、「いや、私でもいいよ」と白縫が手を挙げ、「うんうん」と栞里が頷く。「ベーコンは俺が買ってくるよ」と丘菟が提案すると、「じゃあコンソメは?」と飛鳥が首を傾げ、「私かな?」と白縫がまた手を挙げ、「うんうん」と栞里が続く。「いや、でも玉ねぎは誰が?」と丘菟が言うと、「あ、私でもいいけど」と飛鳥が笑い、また振り出しに戻る。「これ、埒があかないな」と丘菟が頭を掻き、「じゃあさ、来週の部活の前日に学校終わりにみんなで揃って買い出しに行って、そのまま学校の冷蔵庫に保管しに行こうよ」と提案する。「え、デートのお誘い!!」と飛鳥が目をキラキラさせ、トキメく。「ちょっと待って!」と白縫が手を前でフリフリさせ、「私たちもいるからね、2人の世界じゃないからね」とツッコミを入れる。「うんうん」と栞里が静かに頷き、丘菟は「いや、デートじゃないって!」と慌てて否定するが、飛鳥の笑顔に押されて苦笑するしかない。

話がまとまり、4人は帰宅の準備を始める。校門まで一緒に行くが、丘菟の帰宅方向が違うためそこで別れる。「じゃあ、また明日学校で」と丘菟が手を振ると、「えっ、丘菟ちゃん!まるで永遠の別れみたいじゃない!!」と飛鳥が大げさに悲しみ、目を潤ませる。部活のある日の前後は感情の振り幅が大きい彼女らしい反応だ。「やれやれ、ここまで一方通行の想いだとコントかガチか分からないわー」と白縫が呆れたように肩をすくめる。「恋を知れば分かる」と栞里がぼそっと呟くと、「えっ!?」と白縫がバッと振り返る。栞里はすまし顔で目を逸らし、何事もなかったかのように立つ。「あ、これこのままだと帰れないや」と丘菟が気づき、「バイバーイ!」と手を振って踵を返す。その背中に、「丘菟ちゃーん!」と飛鳥の声が木霊し、校門の向こうまで響き渡る。丘菟は苦笑しながら歩き出し、家路につく。


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