19話 美奈の家で食事

 美奈の家は丘菟の家から歩いて10分ほどの距離。


 校門を出て、美奈ねぇさんと並んで住宅街を歩く。


 春の夕暮れが空をオレンジに染め、風が穏やかに木々を揺らす。


 美奈の家は2階建て、白い外壁に小さな庭が付いた温かみのある建物だ。


 玄関で靴を脱ぐと、美奈が「ただいまー」と声をかけ、叔母が「丘菟ちゃんも一緒か、ちょうど良かった」と笑顔で迎える。


「丘菟ちゃん」という呼び方に、少し気恥ずかしさがこみ上げるけど、どこか心地よい響きだ。


 両親が転勤で不在になってから、美奈の家に食事のお呼ばれは月に4、5回はある。


 キッチンからカレーの香りが漂い、叔母が「さあ、座って」と皿を並べる。


 美奈が「母さんに連絡したから、丘菟ちゃんの分のお代りもあるよ」と笑う。


 テーブルを囲み、スプーンを手に持つと、美奈が「改変昔話、どうする?桃太郎が鬼と交渉する話とか?」と笑う。


 丘菟は「鬼が実はいい奴とか、トリッキーでいいね」と返す。


 アソンのアバター話も思い出し、「藤原さんと佐藤さん似って…どうなるんだろ」と呟く。


 美奈が「何?」と聞き返すが、「いや、なんでもない」と誤魔化す。


 食事を済ませ、「ごちそうさま」と礼を言うと、美奈が「またおいでね」と見送ってくれる。


 叔母も「いつでも来なさい」と優しく言う。


 春の風を気持ちよく浴びながら家路につき、賃貸マンションのドアを開けると、先程までの明るさが嘘みたいに消える。


 暗い部屋に電灯をつけても、静寂が重くのしかかる。


 両親のいない家は、ただの空っぽの箱のようだ。


 お風呂に入り湯船で体を温めると、少しだけ疲れが和らぐ。


 タオルで髪を拭き、自室に戻ると机の上のヘッドギアが目に入る。


 両親がいた頃の賑やかさが恋しくなるけど、ここにはもう一人の自分が待っている。ヘッドギアを手に持つと、心が軽くなる。


「さぁー、もう一人の自分へ会いに行こう!」と呟き、装着する。


 リルのホログラムが腕の端末から浮かび、「私もだよ、忘れないでね」と桜色の髪を揺らして笑う。


「コンタクト・スタート!」と唱えると、光が視界を包み、エアルーン平原へ。


 風が頬を撫で、草の匂いが鼻をくすぐる。


 そこには、剣を手に持つ僕がいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る