第10話 父の歴史 〈母との出会い〉
父は二十歳で高校を卒業しました。満州からの引揚げ後、国内では二学年下に編入されたので通常の二年遅れの卒業となりました。
就職した会社は社長が首相にもなったあの有名な会社です。当時の父は経理部ではなく営業としての勤務をしており、社長とも同年代であったので直接話をする事もあったそうです。そして勤務先として配属されたのは港に近い営業所でした。
新入社員ではありましたが、小さな営業所だったので実質所長のすぐ下のナンバー2。所長のお供での夜の接待なども派手だったようで、若い頃の写真を見ると普通の若者なら出入りできないようなお店の芸者さんとのツーショットもあったりします。
お酒が強かった父は、年配の方からも可愛がられていたようで、正にお酒は父にとっては「幸運の水」でした。
父は営業所の近くに下宿を借りていましたが、下宿の近くにあるお店で買い物をして自炊したり、アイロンも自分でかけたりして独り暮らしをしていました。そのお店には当時まだ珍しかったテレビがあり、近所の子供達と一緒にテレビを見せてもらいに通っていましたが、お店の看板娘さんが大層綺麗で明るい性格で、父はあっというまに好きになってしまいました。
何とか仲良くなりたいなと思っていたところ、父が経理に明るい事を聞きつけた店主から「店の帳簿をみてもらえないか?」と依頼がありました。
「これはしめた!」と、色々相談に乗り、娘さんとも話をする機会が増えたとか。
経理の勉強をした事が、思わぬ幸運を引き寄せるきっかけになりました。
ある時風の噂で「あの娘さんに縁談があり、お結納も入ったらしい」という話を聞きつけた父は焦りました。「このままではあの人が他所のお嫁さんになってしまう!こうしてはいられない」
そこで上司である所長さんに頼み込んで、仲人になってもらい、結婚を申し込みに行くことになりました。
所長さんもその娘さんが婚約中なのは知っていたので、父が言う「娘さん」とはすぐ下の妹の方かと思っていたそうで。ところが話をよくよく聞くとどうやら長女の方らしい。これは困ったと思いながら、まあ一か八かダメ元で申し込んでみるか…と、何の前触れもなくそのお店に二人で乗り込みました。
そのお店こそ母の実家であり、その娘さんこそ私の母になる人でした。
その後の経緯については前述の如く。父は見事に母を射止めたのでした。
「普通そんな話って、先に本人に通して了承を得てからするでしょ?いきなり仲人立てて挨拶に来てお嫁さんに下さいって…ねぇ」
「お母さんはね、お父さんから、好きです結婚して下さい、と言われて結婚したのよ。好きって言わせた方が勝ちなのよ!」
と、いつも母はニコニコしながら自慢げに話をしたものです。娘から見てもとても仲良しの夫婦でした。
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