第9話 父の歴史 〈引揚後〜青春期〉

 祖母は気丈な人でした。

先夫との間の長女。

祖父との間の長男、次女、三女。

四人の子を連れて引揚船に乗りました。

 当時は子供連れの引揚げは命懸け。子供の身を案じ、現地に置いて泣く泣く引揚げた親も多かった中、特に三女はまだ乳飲み子であったにも関わらず、誰も残さず日本に連れて帰って来たのです。

 夫を相次いで亡くし、子供だけは絶対守るんだ!と言う強い決意で困難を乗り越えたんだと思います。


 さて、日本に帰国後、祖母は祖父の生家を訪れました。祖父のすぐ下の叔父も満州に渡っていたのですが、現地での交流時に

「兄は亡くなったが、生家で面倒見てくれるから」

と聞いていたからです。

 ところが生家では祖母と子供達を受け入れるどころか「やっかいもの」扱いするのです。気丈な祖母はその生活に嫌気が差し、遂には子供を連れて家を出てしまいます。

 次の再婚相手には、妻子がありました。今から思うと本当に申し訳なかった事でありますが、父達の養父になってくださった方は、奥様を離縁して祖母と再婚したのです。

 美しい祖母が辛い目に遭っているのを不憫に思ってくれたのでしょうが、酷い事をしたものだと今更ながら思います。


 父の養父は祖母の連れ子であった4兄妹を我が子のように可愛がってくれたそうです。生業を営んでいた養父は成績が優秀な父を後継にすると決めていて、先妻の子供達も了承していたとか。

 ところが父が「後を継ぐなら中学を出たら直ぐに働こう」と思っていたのに、卒業まであと3ヶ月と迫った頃に「やはり僕が継ぐ」と養父の長男に当たる人が言い出し、仕方なく父は商業高校に進学し、経理の勉強をする事になったのです。


 満州では父は祖父から「医者になれ」と言われて幼い頃から勉強をしていたと言います。その頃に珠算も習っていたのか、あるいは商業高校で初めて習ったのかは定かではないですが、父は高校の珠算部に所属し、部長にもなりました。在校中には珠算の甲子園とも言える「全国珠算大会」に出場し、全国三位の成績を修めました。この「三位」と言う順位には父の性格を示すあるエピソードがあるのですが、それはまた後ほど。

 そしてこの商業高校で経理を学んだという事が、その後の父の人生を大きく変えて行く事になるのです。


 

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