第12話 決戦
「これを身につけていれば、妖精は近づけないし、魔法攻撃も無効化できます。」
「こんなもので妖精を防げるのかね?」
「身内の冒険者で実証済みです。一応、ミスリルで作った首飾りで、ここに呪文も刻んであります。」
「ミスリルなど……、希少な金属だと聞くが、量産できるのかね?」
「私一人ではムリですが、鉱石の運搬や加工の職人を雇ってもらえれば可能だと思います。」
「むう、それだけの費用を工面するとなると……」
「領主様、ハルさんから金を10kg提供していただきました。当面はそれで対応し、それ以降はこの町で作った首飾りを国に買い取ってもらえれば、町の産業として定着させられます。」
「うむ、それはありがたい。では、早急に町の結界をお願いしたい。私は王都に報告の手紙を書いておく。あとは、事務官と調整してくれ。」
こうして、その日のうちにトランドの町は結界に包まれ、事務官が商業ギルドと連携して職人と土木作業員が集められた。
ハルはそれぞれの責任者に、サンプルの提供と作業内容の説明を行い後は丸投げした。
当然だが、ミスリルがいくらでも採れる事が広まると、希少性が薄れて相場は大きく下がった。
この首飾りが行き渡るまで、町は外出が禁止されたのだが、外部から訪れる者はそうもいかない。
結果としてサキは冒険者ギルドで待機となり、異常があればすぐに駆けつける事となる。
時折汚染者があらわれ、住民には恐怖が浸透していく。
そして、ハルは取り憑かれる者が魔力の保有者だと断定するが、一般の者には見分けがつかないため効果的な発見とはならなかった。
10日もすると、首飾りが流通し始め、町の外に作業で出る者も現れるが、犠牲者は100人に迫ろうとしていた。
ハルは領主から呼び出しを受けた。
「ハル、すまんが王都へ行ってくれ。」
「被害が出ているのですか?」
「いや、閣僚が事情を聞きたいそうだ。」
「断ります。実害も出ていないのに私が行く必要はないでしょう。」
「なにぃ!」
「報告だけなら、事務官にでも行かせればいい。今、私がここを離れるのは危険です。」
「ワシの命令が聞けぬと申すか!」
「この町を拠点にしていますが、私は国の民ではない。それでもムリを通そうとするなら、サキを連れて町を出ます。結界も壊してね。」
「何だと!」
「町の危機だというのに、私財は抱え込んだまま私腹ばかりを肥やす領主など、害悪でしかありません。」
「ぐっ……言わせておけば……衛兵!このネコを取り押さえろ!」
ハルは領主に電撃をくらわせマヒさせる。
「文官長を呼んでください。」
ハルが衛兵に依頼すると衛兵はハルに従った。
文官長に事態を説明して領主を投獄し、当面は文官長が代行する事になる。
汚染者が出るたびに、ハルは交渉を試みていた。
だが、相手は興奮しているようで、会話が成立しない。
そうこうするうちに、王都で被害が出始めた。
数十人規模で汚染され、それが放つ魔法や精神干渉で死人も相当出ている事から、ハルに支援の要請がきたのだ。
仕方ないので町の事はサキに託し、ハルは車で王都ガルバスに向かう。
助手席には要請の依頼書を持参した文官を乗せ、後部席にはリュカが乗っている。
何故か分からないが、本人から申し出があったのだ。
「なっ、何ですかこの速度は!」
「口を閉じていないと舌を噛みますよ。」
「なっ、アグッ」
こうして王都まで3時間弱で到達したが、王都は予想以上に混乱している。
おそらく数十人が汚染され、その数十倍規模の被害者が出ている。
「文官さん、城の一番高い場所へ案内してください。」
「は、はい!」
車にも結界が張ってあるので、大丈夫と判断したハルは、事前に作っておいた建物用の結界を持って城の階段を駆け上がった。
そして、展開エリアを指定して結界の呪いを完成させる。
「これで、新規の妖精は王都に入ってこられません。」
「は、はい!」
「後は、入り込んでいる妖精を制圧するだけ。文官さんは国王に報告を、私はその間に汚染者を片づけます。」
「では、ご主人様。南に集中しているので、そちらからお願いします。」
リュカが城の高所から確認して、ハルに情報を伝える。
ハルはこれまで通り、妖精との交渉を試みるが、相手の言葉は意味をなさない。
5匹、10匹、20匹。
城周辺の妖精は排除し、合流したリュカとともに離れた場所を制圧していく。
全て片付いたのは、5時間程過ぎた頃だった。
「城に戻りましょうか。」
24時を回っていただろうか、王族と上級貴族は起きてハルたちを待っていた。
「陛下、こちらハル殿とリュカ殿でございます。」
「うむ、遠路申し訳ない。いや、国民に代わって感謝する。」
国王がネコに頭を下げたのだ。
不快感を顕わにする貴族が多い。
「とりあえず、これで王都は大丈夫だと思います。私は他の町へ回って結界を設置してきますから、トランドから首飾りが届くまでは、町から出ないように徹底してください。」
「お待ちください陛下。そもそも、最初の招へいに応じなかったのはその者の責任。王都の備えが確実になるまでは、王都に留めおくのが得策かと存じます。」
「リュカさん、彼を知っていますか?」
「記憶が確かなら、オーギュスト侯爵。今は国務大臣だと思います。」
「えっと、国務大臣なのかな。トランドの領主に命じて、私を呼びつけた。」
「そうだ!あの時に来ていれば、これほどの被害は出なかったハズ!」
「あはは。君は致命的な勘違いをしてる。私は、この国の民ではない。まあ、人でもないのだけどね。」
「なにぃ!」
「だから、君のような傲慢で、自分さえ良ければいいという男の指示に従う謂れはない。」
「バカな!私は国務大臣、地方の役人は私の指示に従うのが義務だとしらんのか!」
「ふう、ムダな時間はとりたくない。」
ハルは国務大臣を電撃でマヒさせた。
「さて、今考えなくてはいけない事、それは妖精と接点をもち、共存の可能性を探ること。」
「なにぃ!」 「どういう事だ!」
「妖精は、人間が魔力を使う事を嫌がっています。」
「魔力を?」
「私の知る魔道具の職人がそう書き残しています。それが本当だとしたら、何故なのか知る必要があります。」
「単に滅ぼしてしまえば良いではないか!」
「えっと、軍の偉い人なのかな。まったく対抗できず、手も足も出なかったあなた方が、どうやって滅ぼすんですか?私は、あなたに手を貸そうと思えませんけど。」
「くっ……」
「口だけ偉そうで、何の実力もない無能な人間ばかりでは、私が手を貸す価値はなさそうですね。」
「お待ちくださいハル殿!」
「はい。」
「文官長のオシロと申します。今、禁書庫の中を含めて、妖精に関する記録を集めさせています。各地に結界を設置いただいた後で、お戻りいただければご提示できるかと存じます。」
「オシロ・ファンタン男爵。さすがにリュカさんのお兄さんですね。では、記録の洗い出しと一緒に、文字の対比表も用意してください。」
「リュカからの知らせで、それも準備させております。」
「陛下。こういう優秀な人材を引き立てないといけませんよ。今回、私への報奨があるのなら、彼を国務大臣と同格の侯爵にでも引き上げてください。」
「け、検討する。」
「では、私は他の町に向かいます。」
「お待ちください!」
「どうした王妃よ。」
「リュカお姉さま、ご無沙汰しております。」
「王妃様、今は町の事が大事です。戻った時に時間がありましたら……ねっ。」
「きっとですよ。お待ちしていますから!」
王妃の期待に満ちた声は、同席していた貴族たちを驚かせるに十分だった。
【あとがき】
第一章終了です。
妖精と本体の行方、そしてリュカお姉さまの真実。いや、オバサンなんですけどね。
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