第11話 妖精
その本によると、妖精とは魔力と同じレベルのエネルギーが、意思を持ってしまった存在だと書かれていた。
ハルが思い出したのはファントムという幽霊のような魔物だった。
質量を持たないから、物理攻撃が効かない。
唯一効果があったのは赤外線だが、それは妖精にも効果があるのだろうか。
そして、妖精は魔力を使って攻撃してくるという。
自分たちと同じ存在である魔力エネルギーを、人間が使うことが許せないとも書いてある。
ミスリルは物質と魔力両方の性質を有しており、その力を使えば妖精に影響を与えられると記されていた。
ハルはもう一度文章を読みながら思考を整理する。
妖精は質量を持たない、エネルギーと同義の存在だが、意思を持っている。
妖精は魔力をエネルギーとして使う。
ミスリルは妖精という存在に影響を与える。
という事は、ミスリル製の武器を作ればいいのか、それともミスリルを使った魔法で攻撃すれば効くのか……
こういう時に、ハルは余計なことを悩んだりしない。
サキの忍者刀をミスリルで作る。
チタンの方はそのままで、ステンレスの方を変えればいい。
重量的には、チタンの半分程度の重さだった。
「へえ、ミスリルで作った剣か。軽くていいね。」
「ちょっと仕掛けを作っておいた。柄を回すと刀身の上半分が加熱する。」
「えっ……」
「カチカチと音がするけど、1回で200度。次のカチで400度。3カチ目で600度になる。オフにしてもすぐには冷めないから、使う時には注意してくれ。」
「へえ、魔剣なんだ。カッコいいよ。」
「魔剣?」
「おとぎ話に出てくるんだ。勇者が念を送ると、燃え上がるんだけど、何が燃えてるのか不思議だったよ。」
「もしかしたら、ファントムみたいな相手でも有効かもしれない。それから、これがシールドの首飾り。半径2mの物理攻撃・魔法攻撃を無効化する。」
「ファントムの心理攻撃はどうなの?」
「それは分からない。自分で試してみてくれ。」
「もしかして、死ねって言ってる?」
「そうだな。食費が浮く。」
「アタシはそんなに喰ってねえし!」
「まあ、使ってみてくれ。」
首飾りはメイドたちにも渡されていた。
屋敷の結界から出た時に、妖精に攻撃される可能性があるからだ。
ハルの推測では、屋根の結界が落雷によって壊れてしまい、職人が地下で殺され地下室自体がないものにされた。
ひょっとすると、職人の存在自体を忘れるような精神攻撃があったのかもしれない。
それなら色々と矛盾がないのだ。
次にハルは触手の先端をミスリルに変更した。
これで、物理的な攻撃手段ができた。
そして、もう一つ奇妙な形をしたものが触手の先端につけられた。
植物のツタのようにも見えるし、知る人ならば七支刀のようだと感じたであろうそれは、各先端に古代文字が刻まれている。
それは有効範囲であったり、温度であったりする。
触手の1本には、半径20cm、有効距離5mから15m、温度2600度刻まれていた。
つまり、その範囲で対象エリアの物体を2600度に加熱する魔道具だ。
普段は呪文が成立していないが、根元をカチリと回すことで呪文が成立する。
もう一本は、同じ範囲をマイナス50度にする魔道具だ。
同じものが……サイズは異なるが、車にも取り付けられている。
そしてもう一つ……
それの製作は奇妙なものだった。
2本のミスリルに電圧をかけて先端をバチバチと何度もショートさせる。
その上にガラス板が置かれ、当然ガラス板は溶けたミスリルが飛び散ってボコボコになっているのだが、ハルはその一部を切り取って右目に嵌め込んだ。
ミスリルの沸点がどれほどなのかは分からないが、ショート時の瞬間的な温度は数万度になる。
無事だったガラスはミスリルの極薄い被膜ができていたのだ。
確信ではないが、これで妖精の姿を視認できるのではないか。
そう期待して作ったものだった。
それからのハルは、サキを伴って魔物狩りに明け暮れた。
「なあハル。」
「何だ?」
「この熱魔道具なんだが、20cmも炭になっちまったら売り物にならねえよ。」
「そうか。肉や皮も売れるんだったな。」
サキの要望を受け、ハルは1mm幅の触手とサキ用のハンドガンを作った。
「ヒャッハー!楽しいぜこれ!」
「遊んでないで、とっとと獲物を解体してくれ。」
そして、とある夜。ついにファントムと邂逅した。
ハルは右目の映像に集中した。
右目に映っていたのは、1mほどの心臓のような物体だった。
「へへへっ、順番にいくぜ。まずはミスリルソードの物理攻撃!」
質量を持たないハズのファントムだが、ミスリルの剣は5cmほど食い込んで止まった。
サキは素早くそれを引き抜き刀身加熱のレバーをオンにした。
「ちゃんと切った手ごたえがあったじゃん。こいつはどうよ。イヤーッ!」
魔力を纏った刃は、簡単にファントムを切り裂いた。
ファントムの放つ魔力の痕跡は、結界で完全に無効化されているのが分かる。
断末魔のように細かく振動したファントムは、ハンドガンの加熱で霧散してしまった。
「ちぇっ、やっぱり戦利品なしかよ。」
「いや、これだけの効果が確認できたのは、大きな戦利品だよ。それに……」
ハルの視線の先、30m程の空間に浮かんでいたのは1mほどの目玉のような球体だった。
「交渉の余地があるなら聞こう。」
目玉は聞き取れない音を発していたが、やがて静かに飛び去った。
「何かいたのか?」
「ああ。多分、あれが妖精の本体だ。」
「ハルは妖精が見えたのか!」
「ファントムもそうだが、人間の内臓みたいな感じだ。見えない方が幸せだぞ。」
「そうはいかないだろ!魔法で攻撃されれば死んじまうんだ。アタシにも視えるようにしてくれよ。」
ハルは要望に応えて、前回使ったガラスの残りでサキ用にメガネを作った。
「後悔するなよ。」
「お、おう……、何だか色合いが不気味な感じだ……」
「妖精を見つけたら教えるから、普段は外しておいた方がいい。」
だが、夜の狩りでファントムの実体を見たとたん、サキはハンドガンで撃ち落とした。
「なんだ……あれ……」
「だから、見ないほうがいいって言っただろ。」
「……怖いとかじゃなくて、ただ気持ち悪いだけじゃねえか……。妖精もあんななのか?」
「まだ1匹だけだが、同類だと思った方がいいな。」
「……」
それから数日後、突然町の中年女性が無差別に冷気を放ちながら屋敷に攻撃を仕掛けてきた。
屋敷の結界に頭が阻まれて、中にまでは入ってこられない。
だが、半径30m程度にいた者が意識を失い倒れている。
右目で視たところ、女性の頭に妖精が取りついているのを確認した。
女性は死ね死ねと叫んでいる。
ハルが話しかけても興奮していて応じる気配はない。
妖精を熱線で打ち抜くと、女性はその場に倒れた。
命に異常は無さそうである。
ハルはジェド男爵に頼んで、領主への面会をセットしてもらった。
ハルの姿に驚いた領主だったが、先日の騒ぎの本質を話すと黙って考え始めた。
「本当に、妖精が人を操っていたと……」
「今回は死者なしで済みましたが、大挙してこられるとどういう被害がでるか分かりません。」
「対処法はあるのかね?」
「町を結界の魔道具で覆ってしまおうと思います。」
「それで、人々への影響は?」
「特にないと思います。ですが、町の外に出ると襲われる危険性があります。」
「それでは、町の外に出る農民や商人・冒険者が困るではないか!」
【あとがき】
対妖精が佳境に入ります。
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