第10話 貴族
「ちょっと動かないで。」
ハルはシャーリーにメガネフレームをかけた。
外見で悩んでいるなら、簡単なアイテムで解消できるかもしれない。
細面の顔なら、丸めのメガネで柔らかい印象にする。
ハルには感情的なものは分からないが、人類が検証してきたデータは持っている。
「何だか、柔らかい印象になりましたね。」
「少し髪を切ってもいいかな?」
「あっ、はい……」
触手を使って、髪の内側をカットする。
前髪も適度に切って、右目にだけすこし前髪がかかるようにする。
「どうだろう?」
居間に置いてあった鏡をとってシャーリーに見せてやる。
「えっ、これが私……」
「目の印象が柔らかくなって、横に広がっていた髪もさっぱりしましたね。とてもキレイですよ。」
「あっ、ありがとうございます……」
「じゃあ、私からもこれ、どうぞ着てみて。」
シャーリーはアンによって下着姿にされ、頭からすっぽりとメイド服をかぶせられた、
前のボタンがとめられ、エプロンの紐を結ぶ。
「これ、ご主人様に見せていただいた服ですね。可愛いです。」
「リュカさんも着替えてください。ミスリルの針が使いやすくて、一気に作っちゃいました。着替え用はこれからです。」
「わ、わたくしのような年齢で、変じゃないかしら……」
「あはは、3人とも似合っているよ。」
3人は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。それで、ランカスター男爵をお迎えする際のお料理なんですが、どのようにいたしましょう?」
「そうだね、せっかくだから美味しいものを召し上がって頂きたいけど。」
この世界の主な調味料は、塩・胡椒・砂糖・オイスターソース程度だ。
「じゃあ、ブイヨンを仕込んで、ホワイトシチューでも作ってみようか。」
「ブイヨン?」 「ホワイトシチュー?」
ハルはシャーリーと一緒に買い物に出かけ、材料を買ってきた。
まずは牛骨や鶏ガラ、香味野菜、スパイス、ハーブを下処理し、1日半かけてじっくりと煮込んでいく。
それを濾してブイヨンの完成だ。
次はホワイトシチューだ。
芋・タマネギ・ニンジン・キノコ・ブロッコリーとランニングバードのモモ肉をこちらもじっくりと煮込んでいくのだ。
最初は、みじん切りにしたタマネギをバターで炒めていく。
タナネギが飴色になったら、芋・ニンジン・大きめカットのタマネギ・キノコ・鶏肉を加えて更に炒め、そこに小麦粉を加えて炒める。
3人は興味津々で見ている。
そこにブイヨンとワインを入れて弱火のまま一晩煮込んでいき、最後にミルクとブロッコリー加えて塩で味を整える。
「どうだろう?」
「ご主人様、これは凄いです。濃厚なのに、しつこさがなくて、色々なものが溶け込んだ複雑な味を楽しめます。」
「ニンジンや芋が溶けるように柔らかくて、鶏肉だからさっぱりしていて……。感動です!」
「では、今日のうちから煮込んで明日に備えましょう。」
「あとは肉料理だけど……」
翌日、ジェド・ランカスター男爵夫妻を屋敷に迎えた。
というよりも、乗用車仕様にした車でハルが迎えに出向いた。
使役動物を町に持ち込めないのは、貴族も領主も一緒だ。
「信じられない。これも魔道具なんですか?」
「厳密にいえば違います。これは魔力とは違うエネルギーで動かしています。まだ、この町で実現するのはムリですね。」
「例えば、これで王都まで行ったら、どれくらいで着きますか?」
「王都まで150kmでしたよね。これなら4時間くらいですね。」
「ランドドラゴンでも5日かかるのに、1日で楽に往復できるとは……」
「まあ、魔道具で実現できないか考えてみますよ。」
奥さんのジャクリーンさんには、事前に話してあるという事だったが、実際にネコと話す夫を見て驚いているようだ。
5分程で屋敷について、中へ迎え入れる。
いらっしゃいませと、メイド3人が整列して迎え入れる。
「お邪魔いたします……えっ……、まさかリュカ様?」
「ご無沙汰しております、ジャクリーン様。」
「ジャクリーン、君の知り合いなのかい?」
「はい。こちらは、王都のファンタン男爵のご3女。リュカお姉さまでございます。」
「おやめください。今はハル様にお仕えするただのメイドでございます。」
貴族の娘が自立してメイドになるというのは珍しい事ではない。
ただ、身分的にはまったく見劣りしてしまうのだが、ジャクリーンはそうと察してそれ以上は何も言わなかった。
「この揃った衣装は、ハルさんの趣味ですか?」
「どうなんでしょう。提案はしましたが、あくまでも彼女たちの自由意志ですから。」
「素敵ですわ。清潔感がありますし、裾や袖口からのぞくレースが可愛らしいですね。どこの服飾店で作られたんですの?」
「いえ、うちのアンが縫いました。」
「まあ!凄いメイドさんがおられますのね。」
「恐縮でございます。」
「では、中へどうぞ。」
リュカが先導して案内する。
昼間は、太陽光を反射させて、屋敷中が明るくなっている。
「これは……、鏡を使って陽の光を反射させているのですね。」
「設計者の工夫が見えますよね。少し手を咥えましたが、よくできた屋敷ですよ。」
そのあとで、魔道具を紹介していく。
説明はリュカが行った。
「いやあ、凄いですね。水道にコンロ。浴室の給湯にレーゾーコ。王都の貴族が知ったら、ハルさんを抱え込もうとしますよね、絶対に。」
「例え王族から求められてもお断りしますよ。名誉とか地位とか興味ないですからね。」
「ですよね。何を提示したら、ハルさんの興味をひけますか?」
「そうですね……、一番は知識ですかね。」
「知識……、ハルさんの興味を引く知識なんて、王都にあるんですかね?」
「今は、魔力と古代文字ですね。」
「古代文字ですか。王都の図書館なら、多少は書籍がありそうですね。あとは、城の禁書庫あたり。」
「禁書……そんなものがあるんですね。」
「数百年前に、周辺の小国を統合したのが我が国なんですが、王国成立以前の資料は全て禁書庫に保管されているらしいですよ。」
「へえ、それは一見の価値ありですね。」
「ですが、それを読むためには、その頃の文字を知らなくてはなりません。ですから、一部の学者が研究のために使っているだけですよ。」
「そろそろお茶にしましょうか。」
リュカは一同を居間に併設された長テーブルに誘導した。
リュカが調合したハブティーが出される。
「まあ、いい香り……」
「今日は、カロリールを中心に、リラックス効果の高いハーブをご用意させていただきました。」
「ああ、社交界でも最高といわれたお姉さまのハーブティーを頂けるなんて、感無量ですわ。」
「大袈裟ですよ。私は、自分の好みで調合しているだけでございますから。」
香りもハルには無縁のものだが、二人の嬉しそうな顔をみれば楽しんでもらえているのが分かる。
そして、サラダとホワイトシチューの後で、メインディッシュの牛肉塩釜焼きとアスパラ・ベーコンのピザが出される。
塩釜焼きを作るために、レンガと魔道具でオーブンを作ったのだが、どうせならとピザを作ったのだ。
それを試食した3人の意見で出された料理なのである。
「ああ、チーズの焼けた匂いが堪らないです。」
「薄く伸ばしたパン生地に、トマトベースのソースと具材を乗せて、その上からたっぷりのチーズを乗せて焼き上げました。」
リュカの説明をききながら、ピザに齧りついた二人が幸せそうな顔で目を閉じた。
接待は大成功と言えるだろう。
【あとがき】
貴族接待の回になってしまいました。
それにしてもメイドの3人って、どちらかといえば共同生活を満喫していますよね。
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