第8話 地下室

 居間の床にある地下室の扉を開け、ランプを持ったサキを先頭に階段を降りていく。

 階段を降りたところから右に廊下が伸びており、左右に二つずつ木製の扉が見える。

 地下室自体は長方形の石を積み上げられて作られており、空気は澱んだというかすえた匂いがしている。


「入口の扉に、魔道具の類はついてなかった。つまり、ここを作ったり、使っていた人が隠そうとした訳じゃないって事だね。」


 リュカが持ってきたランプに火を点け階段や廊下に提げていく。

 こうした機転が利くのは、やはり優秀なメイドの証なのだろう。


「じゃあ、開けるよ。」


 サキが手前の左側のドアを開ける。


「ここは作業場みたいだね。鉱石や工具類が並んでいるよ。」


「ミスリルもあるね。という事は、魔道具を作った職人が使っていた可能性が高いと思う。ほら、水道で使ってる真鍮のパイプが置いてある。」


 置いてあるものを一通り確認して次に向かいの右側の部屋を開ける。

 そこは作りかけの炉のようだった。

 ただ、地下で火を使う事はできない。

 それに気付いて使わなかったのだろう。


 そして奥の右側は書棚と事務机があった。

 ハルが机の上に飛び乗って広げられていた書類を確認する。


「屋敷の図面と魔道具の設計書がある。やっぱり、魔道具を作った職人の部屋で間違いないね。」


 最後の部屋は休憩所のようになっており、白骨化した骨が転がっていた。


「状況から考えれば職人の骨だよね。」


「だけど、上に人が暮らしてるのに、何でここで死んでそのままなんだろう……」


「私がお屋敷に来る前……6年以上前の事ですよね。」


「そう。そして、その時以来、ここは封印された。」


「何で?」


「分からない。でもひょっとしたら、さっきの部屋に何か手がかりがあるかもしれない。」


「でも、そんなもの調べて何になるの?」


「イヤな予感がするんだ。根拠はないんだけど。」


 AIが予感なんて感じるのだろうか。

 正確に表現すれば、世界にとってよくない事が起こる可能性を感じたという事なのだろう。


 骨はサキが袋に詰めて庭の隅に埋めた。

 そしてハルは資料の確認に入り、サキはギルドへ出かけた。


 まず最初に目についたのは、屋根の上についた魔道具に関する情報だった。

 設計書には『結界発生呪具』と書かれている。

 ”呪具”か……。

 他の道具は魔導水道とか魔導コンロとか書かれているのに、なぜこれだけ”呪具”なのか?

 その回答はメモで書かれている。

 この呪文は”妖精の呪い”を古代語で実現したものなのだと。

 

 そして、他の魔道具と違うのは、その形状にも意味があると書かれている。

 隠蔽・物理防御・魔法防御・効果範囲、そういった機能をもたせたと書かれていた。

 必要があれば、視認を阻害する事もできるらしい。それは今回必要ない。

 使うミスリルの量も重要なポイントだという


 ハルは早速ミスリルを咥えて屋根にあがり、『結界発生呪具』を補修した。

 形状を整え、呪文を刻むとそれは一瞬青く発光した。

 ほんの一瞬だったのだが、それ以降はピラミッド状に屋敷を包んでいる事が確認できる。地下室を含めてだ。

 

 それにしても、”妖精”が実在するというのだろうか。

 36冊の資料に、その答えがあればいいのだがとハルは思考していた。


 そのタイミングで商業ギルド振興課長のテイラが二人の女性を伴ってやってきた。

 迎え入れたリュカが湯を沸かして茶を淹れようとするが、その二人がそれを制して対応する。 

 茶葉等は昨日のうちに買いそろえたものだが、置き場所などは以前と同じようにしたのだろう。

 ケトルはハルが作ったステンレス製のものだ。持ち手は木で作ってある。


「始めて見るケトルですね。」


「ご主人様が作って下すったのよ。」


「えっ?新しいご主人様は職人の方なんですか!」


「うふふっ。水道とコンロが増えているでしょ。これもご主人様が作られたのよ。」


「……もしかして、とんでもない職人さんなんですか?」


「あとで紹介するけど、二人ともきっと驚くわよ。」


 リュカが意味ありげにチラリとハルを見て微笑んだ。

 そして、それらの会話を聞きつけてテイラ課長が会話に割り込んだ。


「リュカさん!その、新しいご主人がおられるんですね!」


「……はい。御在宅ですよ。」


 ハルはテイラにも事情を明かしておいた方が良いと考え、リュカにそう伝えたのだ。


「そちらにおられるのが当家のご主人であるハル様です。」


「ハルです。よろしく。」


「えっ?」 「「えーっ!」」


 3人の驚いた声が屋敷に響き渡った。


「こんなのは、おとぎ話でも聞いたことがありませんよ。」


 地下室を開放したので、レイアウトの変わった応接で4人が腰をかけてお茶を飲んでいる。

 ハルはリュカの膝の上だ。

 ハルが望んだのではない。

 リュカがそれを希望したのだ。


「まあ、内密でお願いします。」


「だ、誰にも言いませんよ。その代わり、できましたら……」


 テイラは魔道具の商品化を希望し、ハルはテイラにもピアス型通信端末を付ける事を条件に了承した。

 紺のスーツ姿でやってきたテイラは39才になる中肉中背の男で、清潔感のある短髪だった。

 ネクタイ等という訳の分からない文化はなく、地球で標準化されたビジネススーツでもない。どちらかといえば日本の羽織に近い。

 インナーは水色のTシャツのような貫頭衣だ。


 革製の黒い靴は、底がコルクのような柔らかい木と硬い木を張り合わせた合板を使っている。

 まあ、サンダルの多いこの町では、靴を履いている人間は多くない。


 二人の女性は、先日解散した元から務めていたメイドで、アンとシャーリーという若い女性だった。

 赤毛のアンは、サキと似たソバカス顔の小柄な20才の娘だ。

 三つ編みが印象的なアンは、裁縫と料理が得意だという。


 金髪ショートのシャーリーは16才の長身スレンダーだ。

 華奢な外見にもかかわらず、力持ちらしい。

 目つきはきつく、そのせいで人から誤解されるらしいのだが、口調は柔らかい。 


「それで、ハルさん名義で職人登録をしようと思うのですが如何でしょう?」


「こんなネコが職人として登録できるのですか?」


「人間としてですよ。別に人前に出る必要はない。ハルさんという人間が存在するようにしてしまえばいいんです。」


 これは画期的な提案だった。

 屋敷の所有者も職人のハルで登録し、ハルの屋敷として周囲の住民が認知すればいいのだ。

 地下室の扉を撤去し、囲いや手すりを設置する工事も、ハルという名前で職人に依頼する。

 買い物の発注も届け先もハルという名前を使えばいい。


 ハルたちはリュカを屋敷に残して買い物に出る。

 最初は換金屋だ。

 ジェド男爵を呼び出し、アンがサキの雇用主であるハルの使いだと申し出る。

 商業ギルドのテイラが同行した事で、簡単に信用を得る。


「ほう。確かにサキさんの連れていた黒ネコも一緒ですから間違いないですね。」


「待ってくださいよ男爵。商業ギルドの私よりもハルさんの方が信用できると……」


「ハルさん?この黒ネコさんが……」


「あっ……」


 こうして、ジェド男爵にもバレてしまったが、元々そこまで隠匿する事でもない。

 ハルという存在が認識されるのは望むところなのだ。


「ハルさんが優れた職人だという事は分かりました。水道とかコンロというのは便利そうですね。一度、実物を拝見したいのですが、次の休みにでも妻と拝見したいのですが如何でしょう。」


「大したおもてなしは出来ませんが、いつでもどうぞ。お待ちしていますよ。」



【あとがき】

 妖精といえば、どうしてもピーターパンのティンカーベルを想像してしまいます。

 今回はちょっと違う切り口でやってみようと思います

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