第7話 魔道具
ハルはリョカの耳にもピアス型通信端末をセットした。
そして、本人の了解を得て寝ている間にリュカの知識を吸収する。
サキと違って、リュカは十分な教育を受けていた。
文字に国の歴史、計算・料理・裁縫など、メイドにしておくのは惜しいほどの知識を持っている。
王都ガルバスの男爵家3女として生まれたリュカは、17才で伯爵家の2男に嫁ぐも1年で死別し、実家にも帰れずメイドとして自立していく。
そして6年前にこの屋敷に採用され、メイド長にまで昇格した。
当然だが、リュカはこの屋敷に魔道具に精通している。
仕組みは分からないものの、操作方法と動作内容をハルは理解した。
ハルにとって予想外だったが、リュカは子供の頃に魔法の指導を受けた事があった。
リュカは威力の弱い火の玉を放った事があり、呪文の文言は記憶に残っている。
ハルが紫外線のフィルターを通してリュカを見ると、心臓の辺りに淡い光が見える。
サキにはそういう光が見えないので、これが魔力なのだろうと推測できる。
リュカの魔法は明日にする事として、ハルは紫外線フィルターを通して屋敷内を確認していく。
厨房の水道タイプの魔道具とコンロタイプの魔道具を調べていく。
どちらも呪文らしき文字が刻まれており、最後の文字がレバーと連動して動く円盤に刻まれており、文字が正しい位置に来ると魔法が発動する仕組みになっている。
単純だが、よく考えられた構造である。
水道もコンロも同じ仕組みだった。
使われている素材は、土台が鉄でそれ以外はミスリルが100%使われている。
鉄の部分は、多少錆が浮いていたので、触手をやすりにして錆びを落とし油を塗っておく。
次に向かったのは浴室だ。
浴槽に湯を出す蛇口がついている。
そこに刻まれている呪文は、水道と僅かに違っている。
これが湯と水の違いになっているのだろう。
ここは石材に蛇口が付けられており、錆びはない。
ミスリルは錆びない金属なのだろう。
居間には、温風が噴き出す魔道具が据え付けられている。
ここの呪文は少し長かった。
リュカの記憶にあった魔道具はこの4点になるのだが、ハルは一通り建物を見て回った。
すると、玄関の天井に魔力が見えた。
こちらは常時稼働する魔道具なのだが、何に使われているのか不明である。
ハルは呪文だけ記録して外に出た。
そして、ハルは屋敷の一番高い場所に紫外線が出ていることを発見する。
いくつかの足場を経てそこに魔道具があることを確認したのだが、おそらくは落雷によって一部が溶けている。
この屋敷の魔道具を作った職人は、魔道具師としては優秀なのだろうが、家の一番高いところに金属の装置が設置されていれば雷が落ちやすい事を知らなかったのだろう。
ハルには、これまで集めてきた呪文から、欠けた文字を予測する事もできたが、それは危険すぎる。
どんな効果を発するか予想できないからだ。
とはいえ、これ以上の雷直撃は避けたいハルは、暫定的にステンレスのポールを立て、その末端を地中に埋めた。避雷針だ。
そして庭に降りて家に入る時、玄関の天井に取り付けられた魔道具の働きを知った。
足の裏についていた土が消えたのだ。
口にくわえたものは持ち込めて、腹につけた土は除去される。
どういう判定が行われているのか分からないが、手や口で運んでいるものは通過し、汚れとみなされたものが消去される。
面白い機能だった。これが有効になっていれば家の中が汚れないのだろう。花粉なども除去してくれると有難いのだが……
ハルは早速複製品を作り始めた。
この屋敷で使われているミスリルはどれも100%のものだった。
体内の電気炉でミスリルを加熱していく。
溶かす必要はない。赤化させて成形できればいいのだ。
だが、鉄の融点である1536度を超えても変化がない。
チタンの融点である1666度を超えてやっと赤化してくる。
つまり、チタンよりも熱耐性が高く、しかも硬かった。
この家の魔道具を作った職人は、どうやってミスリルを加工したのだろうか。
木炭を燃やして、ふいごで風を送っても1300度程にしか温度は上がらず、普通の鍛冶師はこの温度で赤化した鉄に炭素を混ぜ、これを叩いて武器や防具に成形していく。
だから、ミスリルどころかチタンさえも加工できないのだ。
それなのに、ミスリルを加工していた実績がある。
あの工房の親方から情報を抜いたときに、そこまで確認するべきだったが、今はミスリルの成形が先だ。
赤化したミスリルを蛇口とレバーの形に整え、流し台に据え付けてレバーを操作するが水が出ない。
何か作動しているような振動はあるのだが……
ハルがもう一度水道の魔道具をチェックすると、水道の蛇口は地下に管が伸びていて、地下水を汲みだすポンプの魔道具だという事が分かった。
それと同時に、屋敷の地下にいくつか部屋がある事も分かった。
だが、リュカの記憶に地下室なんて言うものの情報はない。
それは、リュカがこの屋敷に奉公してからの6年間、利用されていないと思われる。
地下室の事は一旦保留して、ハルは触手で床を貫通する穴を開けた。
当然水脈のある深さまで到達している。
そこへステンレスの直径8cmのパイプを通していく。
素材はミスリルの他にも様々な鉱石を採掘して運び込んである。
そのパイプに水道をつなげ、レバーを操作すると水が勢いよく流れ出す。
ハルにとって、第1号の魔道具だ。
AIが喜びを感じる事はないが、達成感は感じているようだ。
そしてコンロも1口増やしておく。
これで、魔道具の調子が悪くなった時には自分で修理できる。
地下室への扉は、居間の長椅子の下にあった。
掃除をしているメイドがこれに気付かないハズがない。
という事は、何かしらの事情、もしくは要因があるという事だ。
急ぐ事ではない。
陽が登ってからリュカに確認して、地下の探検はそれからでいいだろうとハルは判断した。
「まさか、こんなところに扉があるなんて……、家の者は、なぜ気付かなかったのでしょう……」
「そうですよね。掃除をしていれば気付かないハズがない。」
「何か敷いてあったんじゃないの?」
「そういえば、ここには確かに大きめの絨毯が敷いてありましたが、年に2回くらいは洗っております。開けた事がないというならともかく、気付かないという事は考えられませんわ。」
「サキも昨日ここに座ったよね。」
「そうだね。言われてみればアタシも気付かなかったって事だよね。」
「そうなると、何か原因があるって事になる。」
「原因ですか……」
「魔法……。これはおとぎ話の中の事なんだけど、妖精が結界という魔法で自分たちの住処を隠したって話しがあるんだけど、この国にはそういうのはないのかな?」
「いえ、妖精の出てくるおとぎ話はありますが、そういうのは聞いたことがありませんね。」
「あっ、そういえば妖精がいても、普通の人は気付かないって聞いたことがあるよ。」
「気付かない……、認識を反らす感じかな。確かに脳っていうのは、思い込ませると見えていても認識できない事がある。精神干渉系の魔法ならありそうだな。」
「至らず申し訳ございません。」
「そんなことないから気にしないで。まあ、隠すほどの重要なものがあるのかどうか、楽しみが増えたって事かな。」
「それで、水道とコンロが増えているようですが……」
「ああ、真似して作ってみたら出来たんだ。」
こともなげにハルが言った。
少なくとも、この町には魔道具を作る事ができる職人など殆どいないのだ。
【あとがき】
例えば4桁の数字を見て覚えます。
もう一度見て、間違いない事を確認します。
最後に逆から見ていくと数字の違うことに気付いたりする事があります。
最初に認識した数字は、1桁毎にゆっくり見直しても、間違った数字にしか見えないんですね。
これは、目から送られてきた画像を、脳が補正してしまう事で起こるエラーです。
体験してみないと信じられないかもしれません。
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