第2話 オーク

 ハルはサキについてトトラト村に入る。

 ネコに見えるとはいえ、流石に宿は入れない。

 そのため、ハルはサキの耳たぶに極細の触手を撃ち込み、それをリング状のピアスにした。

 撃ち込む際には表皮を零度近くまで冷やしてあるため、痛みは感じていないようだ。


「これで、200m以内なら会話ができるハズだ。」


「ほえーっ!ハルって何でも出来ちゃうんだね。」


「まだ、機能の一部しか使っていない。それと、アゴの動きで認識できるから、声は出さなくても良いぞ。」


「こ、こんな感じ?」


「ああ、それでいい。私は少し町の様子を見てくる。」


 トトラト村は小さく、冒険者ギルドや大きな商店もない。

 サキの用事はであるゴブリンの3匹の討伐は完了しており、今日は残党がいないか確認していたのだという。

 サキの倒したゴブリン3体は既に村長の確認をとっており、依頼書にサインをもらってあるため、明日は南のトランド町に戻るのだという。


 ハルは家屋の屋根を伝い歩きながら、集音感度をあげて人々の話しを拾っていく。

 おかしなものを見つければ、すぐに話題にあがる。

 人間の噂話というのはそういうモノだ。


 会話と一緒に、視覚情報も追加されていく。

 例えば宿屋の宿泊費が、一泊2食付きで銅貨8枚。

 銅貨10枚あれば粗悪なナイフが買える。

 粗悪というのは、鉄の中に余計な物質が混ざりこみ、強度不足であり砥ぎも殆どされていないため切れ味が悪い。


 サキのナイフはもう少し程度がいい。

 刃も砥ぎだされていて、切れ味もそこそこのハズだ。

 

 本来の能力が出せれば、ステンレスやチタンのナイフを作ってやれるハズだが、今のハルにはムリだった。

 不可能という事ではない。

 鉱石を集めて電気炉を作り、生成・鍛造を行えば十分可能なのだが、今はそれだけの余裕がない。


 粘土を焼いた陶器は、それなりの進化をしているようだ。

 縁が薄い焼き物や鉄が流通しているということは、木炭が流通していると考えられるし、最低でもふいご、工業化されているのなら、たたら製鉄が実現出来ているのかもしれない。


 これらの現実から判断して、ここはハルの知識にある地球ではないと考えられる。

 可能性があるとすれば、別次元やパラレルワールドといった、地球では未確認の世界という事になる。


 ハルは、セーフティーモードで起動した直前のログを調べていく。

 ログに記録されているのは、5回のテストモード後に行われた本格起動だった。

 電源が投入され、親機が初期設定完了後に子機であるハルに起動命令が来て初期設定まで進んだ。

 その時に強力な電圧がかかり、親機のブレーカーが作動。

 親機・子機共に予備電源に切り替わった。

 物理的な録音データには、”球電”とか”裂け目が”等という叫びに続いて、”落ちるぞ””止めろ”という単語が検出されている。


 現在のハルは、一部のメモリが焼損しており、そこにあったハズのデータはスキップして起動されている。

 その焼損したデータに断片的に残っている情報と、前後のつながりから欠損したデータを想定して復旧する作業が行われているが、いかに高性能の演算処理装置であったとしても、消えてしまったコマンドを予想するのは至難のワザと言えた。


 本体に接続できれば、バックアップデータがあるから、瞬時に復旧可能なのだろうが、今は本体の探索とデータの復旧を並行してやっていくしかないのだ。


 ハルがネコ型に擬態されたのは、本体との関係を知られないための極秘事項だった。

 ハルの中には、本体を再起動するためのキーが埋め込まれており、本体はハルを再構築するための機能がある。

 お互いが相手を補完する関係なのだ。

 そして、本来であれば、ハルの経験が本体を成長させ、それを元にハルが再構築される。

 そうやって、半永久的に進化し続けるシステムになったハズである。


 だからこそ、ハルにとって本体との接触は最優先事項であり、必須事項なのだ。

 やがて、家の灯りが消え闇が訪れる。

 ハルはサキの泊っている宿の屋根で休み、全能力をデータの復元にあてる。


 夜が明け、ハルは身支度を整えて外に出てきた。


「じゃあ、トランドに戻ろうか。」


 トランドの町までは約50km。

 うまくいけば、途中1泊だけ野宿すれば到達できる。

 サキは大きなリュックを背負っている。

 サキの思考から、荷物のほとんどは野営に必要な毛布などだと分かる。


「昨日の川の上流へ行って、金を探さなくてもいいのか?」


「だけど、川の上流って多分あの山だろ?」


 サキは彼方に見える山を指さした。


「多分そうだろうな。」


「多分、片道3日。金探しで2日として8日から10日必要になるだろ。」


「だが、そのついでに鉱石を見つけられれば、お前の武器を強化出来るかもしれないし、お前の戦闘技術もあげてやれると思うのだが。」


「えっ、そんな事ができるのか?」


「ああ。昨日修復したデータで、体内に炉を作っておいた。ナイフ程度なら生成可能だ。」


「い、意味が理解できないが……」


「素材さえあれば、もっと切れるナイフを作れると言っているのだ。」


「ホントか!これよりも、10cm程長いのは作れないか?」


「刃渡り40cmまでなら可能だが。」


「そ、それで頼む!」


「それから、耳につけたリングから、お前の視野に干渉できるようにした。こんな具合だ。」


「うわ!何だこの赤いのは!」


「赤い印はお前にだけ見えているんだ。実際に存在している訳じゃない。これを使って、戦闘をフォローしてやる。」


「やっぱり、ハルは色んな事ができるんだな。」


「出来ることをやってるだけさ。」


「わかったよ。ハルがよければ、山へ行こう。」


 一旦川まで戻り、探査しながら上流に向かう。

 そして、金を見つけた時はサキの視界に赤い表示をして位置を教え、回収してもらう。


「今回の粒はちょっと大きいね。3mmくらいあるよ。」


「その隣の石も取ってくれ。」


「また宝石かい?」


「その石は錆びない鉄を作るための素材なんだ。」


 そう言ってハルは石を体内に取り込んだ。

 それを、体内に作った電気炉で溶かし、目的であるニッケルだけ残して余計な成分は吐き出した。


「ちょっと待て。何かいる。」


 ハルは川から少し離れた林の方に頭を向けた。

 探知したのは、体高2.3m。直立歩行型の生物だ。

 クマのような体格をしているそいつが、木の影から姿を現わした。


「オ、オークだ!やばい、逃げよう!」


「落ち着け。あの程度なら大丈夫だ。」


「そんな事言ったって、オークなんて戦った事ないよ!」


「私が誘導する。指示に従って動いてみろ。」


「……だ、だけど、こんなナイフじゃオークに届かないよぉ!」


 そんな会話の間にも、オークは地響きをあげて二人に迫ってくる。


「大丈夫だ。相手の動きをよく見ていろ。」


 ハルは触手を2本伸ばし、オークの左胸と下腹部の辺りに撃ち込んだ。

 そして、2極間に50Vの電圧をかける。

 オークの手足はおかしな方向に曲がり、地響きをあげて転倒した。全身がピクピクしているが、電圧を200Vまであげると動かなくなった。

 感電した事で筋肉は収縮し、伸ばせなくなってしまう。人間なら42Vで死んでしまう事もある。

 ハルは通電を停止し、オークの心臓が完全に止まっているのを確認した。


「な、何があったの……」


「どれくらいの力で相手を無力化できるのか試しただけだよ。次からは部分的に動けなくするから、君がとどめを刺すようにしよう。」


 家庭用の低周波治療器は、ごく微弱の電流を流して瞬間的に筋肉を収縮させるものだが、電気を流し続けると筋肉は弛緩することなく収縮したままになる。

 心臓や肺の筋肉が収縮したままだと、当然血液の循環が止まり死んでしまう。そういう事だ。



【あとがき】

 えっと、オームの法則ですね。

 ”電流は電圧に比例する”っていうヤツです。

 乾燥した人の皮膚の抵抗は5000Ω(Ω)程ですが、血液の循環する体内では限りなく小さくなります。

 身体全体で考えると300Ω程度だと考えられます。

 家庭用の低周波治療器では20MA(ミリアンペア)以上の電流が流れないように制御されていますが、100MAで心肺停止など危険な状態になります。

 200ボルトの電圧で300Ωの抵抗である人体に電気を流すと、電流は666ミリアンペアになりますから、普通の生物であればひとたまりもありません。


 ちなみに、某電気ネズミの10万ボルトを空気中に放電した場合、有効距離は20cm程度なんだそうです。

 あれを4~5mに伸ばすには、250万ボルトくらいにあげる必要があります。

 そして、身近な放電の現象に、洋服に溜まった静電気がありますが、あれで電圧は1万ボルト、有効距離2cm程だそうです。

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