AIは魔法の夢を見る(改題)
モモん
第一章
第1話 起動
「ねえ、死んでるの?」
栗色の髪をした少女が、木の棒を使って黒いネコのような獣をツンツンしている。
ここは、ヤットランド王国の郊外にある森の中。
日本でいえば高校生くらいの年頃に見える少女は、皮のような素材で仕立てられた短パンと少し濃い色をしたノースリーブ状のTシャツのようなものを着ている。
腰には短剣を挿し、左右の手首には手甲のようなものを巻いていた。
どう見ても、日本の少女とは思えないのだが、かといってどこの国なのか、特定できるようなものはなかった。
黒いネコのような獣の内部では、情報の初期化が行われ再起動の処理が行われていた。
本体であるAI搭載自律拡張型機構JHAL20341215からの電源供給が中断した時点で、体内の小型蓄電池への切り替えが行われた。
容量の少ないバッテリーでセーフティーモードでシステムが起動し、小型核融合炉が緊急始動されているものの、十分な電圧はまだ得られていない。
各パーツの動作確認で、黒いネコの四肢はピクピクと小刻みに動き出した。
「うわっ!生きてるのね。」
少女は飛び上がり腰のナイフを抜いた。
似たような獣は見たことがあるものの、始めて見る獣ではあった。
体長約60cm。シッポまで含めれば1m近いだろう。
狂暴でなければ、ペット屋に売れるかもしれない。
そうでなければ肉屋に持っていく。毛皮も光沢があり、売れそうな気がしていた。
自律端末JHAL20341215αは目をレンズのカバーを開け、視覚情報を得ている。
土・石・植物。どうやら自分のいるのは屋外のようだと認識する。
大気中の水素では、十分な電力を得られない。
早く水を取り込む必要があった。
水がなければ、植物から水分を得ればいい。
そう判断したJHAL20341215αは身体を起こし、周囲を確認するが水は認識できない。
そこで、草のある場所までゆっくりと歩き出した。
「な、なによ。逃げるつもり!」
音声を認識してJHAL20341215αは、その人間の存在を認識する。
しかし、今の状態では対応する事もできない。
自律端末JHAL20341215αは草を口に含み、すり潰してろ過した事で数滴の水分を得た。
もう一口、二口……
これで少し電圧を上げる事ができた。
センサーを起動すると、10m程先に川があった。
JHAL20341215αは一気に川まで走った。
「あっ、待って!」
少女が追いかける。
大量の水を入手したJHAL20341215αは、水から水素を分離し、常温核融合炉をフル稼働する。
それと同時に、システムを再起動してノーマルモードで立ち上がった。
すぐ後ろに、少女が近づいてきていた。
JHAL20341215αは、音声で話しかけた。
「えっ、なに……何言っているのか分かんないけど、言葉なの……」
JHAL20341215αにとって、少女の言葉は記憶領域にあるどの言語とも違っている。
そこで、彼女の足元まで近づき、うずくまって恭順の態度を示す。
「と、とりあえず、敵意はないみたいね。」
少女が獣の脇にしゃがみこみ、首筋に手を伸ばして撫でた。
JHAL20341215αは、耳の後ろから細いワイヤーを伸ばして少女の頭に接触。脳波を読み取り、少女の記憶域から言語に関する情報を抜き出した。
「私はAI搭載自律拡張型機構JHAL20341215の端末でJHAL20341215αという。」
「へっ!あんた、やっぱり喋れるの!」
「言語情報は君の脳からいただいた。勝手に申し訳ない。」
「の、脳からって……」
少女は両手で頭を押さえた。
「大丈夫だ。君には何の影響もない。」
「び、ビックリした。脳を食べられちゃったかと思ったよ。」
「驚かせてすまない。ところで、ここは何処なのか教えてほしい。」
「何処って聞かれても……、トトラト村の北にある森の中なんだけど。」
言語は無意識領域から読み取ったが、位置情報などはこうした質問によって浮かんできた記憶を読み込む必要がある。
「ふむ、ヤットランド王国の北西にある村なのか。この大陸や、星の名前は知っているかね。」
「大陸とか星って何だ?」
「いや、もういい。」
「あ、あたしはサキっていうんだ。あんたはなんて呼んだらいい?」
「正式名称はJHAL20341215αなのだが、愛称ならHALと呼ばれている。」
「ハルね。それで、あんたはこれからどうするのかな?」
「本体を探さなければならない。私自身も多くのデータが破壊されているため、十分な出力が出せないのだが、まあ、情報収集とデータ修復が当面の目的になる。」
「だ、だったら、アタシも力を貸してやるよ。」
「いや、サキにはやることがあるのだろう。」
「アタシには親もいないし、冒険者として自立するっていうのが目標だからさ。それに、ハルがいきなり話しかけても、相手が驚くだけだろ。」
「それはそうだが……。対価はどうしたらいい?」
「仕事を手伝ってくれればいいよ。」
「冒険者として受けた依頼を達成すれば良いのだな。それと、鉱石や金属も売れるのか。容易い事だ。」
言葉で出てくる情報は十分ではないが、ハルはサキの脳から情報を得ている。
だから、言葉にしていない事も分かるのだ。
「では、手っ取り早く金か銀を捜してみよう。」
「えっ?」
ハルは触手をもう一本出して地面に刺し、そこから振動波を流した。
跳ね返ってくる周波数によって、物質を特定できるのだ。
探知範囲は100m程だが、効果的な能力といえるだろう。
「この川の上流には金・銀・銅の鉱脈はなさそうだ。」
「えっ、何で?」
「金属というのは種類によって叩いた時の音が違うだろ?」
「えっ、そうなの?」
サキの思考から、この世界で流通してるのは金・銀・銅・鉄の4種類だと分かる。
実際にはそれ以外の金属も混在しているのだが、分離して使われる事はないらしい。
「日暮れまではまだ時間がある。他の川も捜してみようか。」
「何で川なの?金銀を捜すなら山だよ。」
「川の上流にその鉱石があれば、削られた小さな粒が流れてくるんだよ。」
「へえ、そんな事があるんだ。じゃあ、そういう川を探せば、金の粒が見つかるって事だ。もしかして、そういうの子供でも探せる?」
「川底の砂をザルですくってみれば、金は独特の色だから子供でも簡単に見つけられるね。」
「そうなんだ……。ちぇ、それを知ってたら……」
サキが孤児だった事をハルは知った。
そして、この国には孤児が多く、国の対策がほとんどとられていない事も分かる。
ただ、ハルのAIが感傷的になることはない。冷静に分析しただけだった。
サキとハルは、トトラト村へ帰りながら別の川べりに出た。
川幅8m程度で、粗末な丸木橋がかかっている。
ハルが振動波で探ると僅かだが金の反応があった。
一番近い反応まで近づき、触手と前足を使って1mm程の粒を見つけ出す。
「へえ、本当に小さい粒だけど、こんな近くで金が見つかるんだ……」
「それよりも、もっと面白いものが見つかったよ。」
ハルが指示をしてサキが石を拾い上げる。
「この石がどうしたの?」
「割ってみれば分かる。」
サキが大きな石を使ってその石を割ると、割れた断面から紫色の透明な石が現れた。
「これは?」
「アメジストという宝石だ。そこまで珍しい石ではないが、今日の宿代くらいにはなるだろう。」
「こんなものまで見つけられるなんて、ハルは凄いんだな。」
他にも4粒の金を拾って村に入る。
ハルにとっては初めての集落だ。
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
AIロボが異世界に行ったらという物語です。
本体との合流が当面の目標ですが、それは可能なのか。
乞うご期待。
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