第七章:『美と善の調和がもたらす変化』

 カロカガティアは不思議な少女だった。彼女の年齢は判然とせず、時に子供のように無邪気で、時に古の知恵を宿す賢者のようだった。彼女の目は深い海のように青く、見つめられると、自分の魂の最も深い部分まで見透かされるような感覚に陥った。


「カロカガティア」とは古代ギリシャ語で「美しく善きもの」を意味する言葉だと、彼女は説明した。その名前の通り、彼女の存在そのものが美と善の調和を体現しているようだった。


 カロカガティアの滞在は、屋敷にわずかだが決定的な変化をもたらし始めた。


 東の庭の桜は、一日に一枚ずつ、花びらを落とすようになった。それは千年の間、決して起こらなかった現象だった。西の庭の紅葉は、以前より鮮やかな色を取り戻し、触れても灰にならなくなった。北の庭の雪は、日中には少しだけ溶け、その下から若い芽が顔を出すようになった。南の庭の花々は、再び香りを放ち始めた。


「庭が...生きている」アリアはある朝、窓から外を眺めながら呟いた。


 セレステは無言で頷いた。彼女の瞳の色は、以前より安定するようになり、深い青色に落ち着いていた。


 リリアの肌は、以前より温かくなり、彼女が触れる花も凍りつかなくなった。


「私の体が...変わっている」彼女は自分の手を見つめながら言った。「まるで...生きているみたい」


 オスカーの心臓の歯車は、より滑らかに、より静かに回るようになった。


「私の中の機械の音が...静かになっている」彼は胸に手を当てながら言った。「まるで...馴染んできたみたい」


 ルナの宝石の目には、実在する風景が映るようになった。屋敷の庭や、住人たちの姿。そして何より不思議なことに、ルナはより頻繁に声を発するようになった。


「私たちは...変わっている」ルナはある夜、リリアとオスカーの間で丸くなりながら言った。「カロカガティアの存在が、私たちを...目覚めさせている」


 ある日、カロカガティアは庭の中央にある泉の前に立っていた。彼女は静かに水面を見つめ、手を伸ばした。


「待って!」リリアが叫んだ。「その水は危険よ。最も深い記憶を呼び覚ますと言われているの」


 カロカガティアは振り返って微笑んだ。


「記憶は危険ではありません。記憶から逃げることこそが危険なのです」


 彼女は手を水に浸した。すると泉の水が輝き始め、その光が屋敷全体に広がった。


 リリアはその光に包まれ、自分が人間だった頃の記憶が鮮明によみがえるのを感じた。彼女が最後に笑った日、最後に泣いた日、最後に「人間」として感じた日。


 オスカーは、自分が作られる前の記憶を見た。彼を作った創造者の顔、その人の喜びと悲しみ、そして最後の別れ。


 ルナの目には、彼女が本当の生き物だった頃の姿が映った。銀色の毛並み、琥珀色の目、そして森の中を駆け回る喜び。


 セレステとアリアは、光の中で互いの手を取り合った。彼らの影が壁に映り、それは確かに翼の形をしていた。しかし、それが天使の翼なのか悪魔の翼なのかは、依然として不明だった。


「記憶は私たちを形作るもの」カロカガティアは静かに言った。「しかし、記憶に囚われることは、時に私たちを閉じ込めます。記憶を受け入れ、そして手放すこと。それが前に進む唯一の方法です」


 泉の水は再び静かになり、光は消えた。しかし、屋敷の住人たちの目には、何かが残っていた。それは悲しみと受容が混ざり合った、新しい輝き。


 カロカガティアの滞在から一週間が経った頃、彼女は屋敷の塔の最上階に続く階段の前で立ち止まった。


「あの部屋には誰も入れないの」リリアが説明した。「七つの鍵で閉ざされていて、誰も全ての鍵を持っていないから」


 カロカガティアは微笑んだ。


「鍵は物理的なものだけではありません。心の鍵もあるのです」


 彼女は住人たちに呼びかけた。


「皆さんが持っている小さな物を、一つずつ私に見せてください。それが鍵かもしれません」


 リリアは長い間身につけていた真珠のペンダントを差し出した。オスカーは胸の歯車の一つを取り出した。ルナは尾の先端にある小さな星形の宝石を外した。セレステは髪に挿していた銀の簪を、アリアは白い手袋の下に隠していた指輪を見せた。


 カロカガティア自身も、首から下げていた水晶のかけらを取り出した。


「そして最後の一つは...」彼女は屋敷の床に落ちていた桜の花びらを拾い上げた。「これです」


 七つの小さな物が集まると、それらは光り始め、形を変えた。真珠は鍵頭に、歯車は鍵の歯に、宝石は鍵の持ち手に、簪は鍵の軸に、指輪は鍵の輪に、水晶は鍵の中心に、そして花びらはそれらをつなぐ糸へと変わった。


 七つの断片が一つの大きな鍵となり、カロカガティアの手のひらに浮かんだ。


「これが塔への鍵です」彼女は言った。「皆さん一人一人が、知らずに持っていたものの集合体」


 彼女は鍵を扉に差し込んだ。しかし、回さなかった。


「開けるかどうかは、皆さんが決めることです」カロカガティアは言った。「あの部屋には何があるのでしょう。皆さんの始まりでしょうか、それとも終わりでしょうか。または、新しい何かでしょうか」


 リリアとオスカー、ルナ、セレステ、アリアは互いに顔を見合わせた。彼らの表情には恐れと好奇心、そして決意が混ざり合っていた。


「私たちは準備ができていない」リリアは最終的に言った。「まだこの屋敷での時間が必要なの」


 カロカガティアは微笑んだ。


「それも立派な選択です。時が来れば、きっとわかるでしょう」


 鍵は光の粒子となって散り、また元の七つの断片に戻った。カロカガティアはそれらを元の持ち主に返した。


「いつか、皆さんが本当に知りたいと思ったとき、また集めることができるでしょう」


 カロカガティアが屋敷に滞在して一か月が経った朝、彼女は庭に出て東から昇る太陽を見つめていた。


「もうすぐ旅立つ時ね」リリアが彼女の隣に立ち、言った。それは質問ではなく、確認だった。


 カロカガティアは静かに頷いた。


「この屋敷での役目は終わりました」


 オスカーが近づいてきた。彼の歩みは以前より自然で、機械的な硬さが少なくなっていた。


「あなたの存在が、私たちを変えた」彼は言った。「しかし、何がどう変わったのか、まだ理解できていない」


 カロカガティアは優しく微笑んだ。


「時間をかけて、少しずつ理解していくでしょう。変化は時に目に見えず、その意味も即座にはわかりません」


 ルナが三人の周りを走り回り、その尾から流れる音楽は、以前より生き生きとしたメロディになっていた。


「私たちはもう、同じではないのね」ルナは言った。


「同じではありませんが、それでも皆さんは皆さん自身です」カロカガティアは答えた。「変化は失うことではなく、成長すること」


 セレステとアリアも庭に現れ、彼らの姿は以前よりも実体を持っているように見えた。影のような存在から、より確かな存在へと変わりつつあった。


「私たちの正体は...」アリアが言いかけた。


「それは皆さん自身が見つける答えです」カロカガティアは静かに言った。「私にもわかりません。見守る者が見守られ、導く者が導かれる。それが存在の神秘です」


 朝日が屋敷全体を照らし、その光の中でカロカガティアの姿が透明になり始めた。


「私はこれから次の場所へ向かいます」彼女は言った。「別れではなく、移り変わりです。私の一部は常にここに残り、皆さんの一部は常に私と共にあります」


 彼女の体が光の粒子に変わり始め、風に乗って舞い上がった。


「最後に一つ、贈り物を」カロカガティアの声が風の中から聞こえた。彼女の手から小さな種が落ち、庭の中央に落ちた。「これは時の花の種。静かに育て、花が咲いた時、皆さんは選択をすることになるでしょう」


 最後の光の粒子が空に消えると、カロカガティアの姿は完全に消えた。しかし、彼女の存在感はしばらくの間、庭に漂っていた。

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