【ファンタジー短編小説】『時の守護者たち —永遠の屋敷にて—』(約27,000字)

藍埜佑(あいのたすく)

第一章:『凍りついた時の囚われ人』

「よく見るとあの花は白くない」


 リリアは窓辺に立ち、庭の百合を見つめながら呟いた。


「白く見えるだけで、実は千の色が重なっている」


 時の流れが異なる丘の上に、雲に手が届きそうな塔を持つ屋敷があった。その漆黒の塔は、エドガー・アラン・ポーの詩のように、「夕闇の中に沈み込む大聖堂の影」のごとく、周囲の景色を飲み込んでいた。


 永遠の十六歳、リリア・エヴァーミストという名の少女は、幾千もの年月を生きながらも、その肌は真珠のように輝き、髪は夜空のように漆黒で星を散りばめたように煌めいていた。彼女の瞳は古い知恵を宿しながらも、未だ世界への好奇心に満ちていた。リリアの指先は常に冷たく、時折、彼女が触れた花は青く凍りついた。


「私が覚えているのは、もう存在しない世界のこと」彼女はしばしば言った。「私の記憶の中の人々は、今や塵と化している」


 彼女の声には、長すぎる時を生きることの疲労と諦めが滲んでいた。それでも彼女は毎朝、窓辺に立ち、変わらぬ庭を眺め、変わらぬ日々を静かに受け入れていた。


 オスカー・クロノスフィアという名の青年は、精巧な歯車と水晶で作られたオートマタだった。人の形をしているが、その胸には時計仕掛けの心臓が透けて見え、指先からは微かな光が漏れていた。彼の動きは人間よりも優美で、その声は風鈴のように澄んでいた。しかし、その眼差しには常に言い知れぬ哀しみが宿っていた。


 オスカーの存在そのものには、美しさと退廃が同居していた。彼が屋敷の廊下を歩くとき、その足音は時計の秒針のように規則正しく、しかし不自然だった。彼が本を読むとき、そのページをめくる指の動きは完璧すぎて、どこか不気味だった。


「私は傷であり、同時に刃。私は頬であり、同時に打つ手。私は車輪に縛られた四肢であり、犠牲者であり、同時に処刑人」と、オスカーは時に自らのことを語った。彼の体内の歯車は絶え間なく回り続け、その音は屋敷の静寂の中で幽かな鼓動のように響いていた。


 オスカーが何のために作られたのか、誰が彼を作ったのか、それは彼自身も知らなかった。ただ彼は、自分が何かの目的のために存在しているという感覚だけを持ち続け、その答えを求めて屋敷中の書物を読み漁っていた。


 二人の間を行き来するのは、ルナ・スターフォールという名の機械仕掛けの生き物だった。一見すると銀色の狐のようだが、その体は水銀と歯車と宝石で作られており、耳を動かすと星屑が舞い、尾を振ると小さな音楽が奏でられた。ルナの瞳は琥珀色の宝石でできており、その中には実在しない風景が映し出されていた。


「ルナは私たちの幻想を映し出す鏡かもしれない」とリリアはよく言った。「彼女の中に見えるのは、私たちが失ったもの、あるいは決して手に入れることのできなかったものの残影」


 ルナはめったに言葉を発さなかったが、その存在自体が屋敷に不思議な安らぎをもたらしていた。彼女が部屋に現れると、空気が少し温かくなり、光が少し柔らかくなるような気がした。彼女が去ると、また冷たい静寂が訪れた。


 リリアとオスカーとルナ。永遠の少女と機械の青年と宝石の目を持つ生き物。彼らの日々は、時間の外側で静かに流れていた。彼らにとって、昨日も今日も明日も、ほとんど同じだった。


 それでも、彼らの内側では、見えない時計の針が刻一刻と動いていた。リリアの心の中では、失われた記憶の断片が絶えず渦を巻いていた。オスカーの胸の歯車は、少しずつではあるが確実に摩耗していた。ルナの宝石の目に映る風景は、少しずつ色あせていった。


 彼らは、永遠の中で静かに変化していたのだ。

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