第3話

『慶応義塾大学に通っていた頃は充実していた 2』

 まったく楽しみにしていないのにも関わらず、めろりんは前回の続きを書き始めた。めろりんめろんだけに許されたブログの管理画面には前回の記事の閲覧者数がゼロである事を示すハイフンが表示されているが、モチベーションは一体なんなのだろう。


『衝撃的な出会いから一週間後、オレと芳江はまた同じ講義で顔を合わせた(今回からは芳江と書かせてもらう)。どこに誰が座るか決められていない大講義室なのに、芳江はまたオレの後ろに座った(もちろん、オレがそれに気づいたのは後の事だ。オレが座った時、オレの後ろの席には誰も座っていなかった)。オレが講義に集中している中、後ろから「エッ、エン」とか「コホコホ」とかわざとらしい声が聞こえてきたんだ。仕方ないなと振り向くとそこには芳江がいた。熱を帯びた目で芳江はオレを見ていた』

 僕は唯一の読者だ。無理やり見せられているには違いないが、僕はめろりんのブログのこの記事の唯一の読者だ。前々回までの罵詈雑言記事にはそれなりに閲覧履歴があった。誰かへの悪口は、同様の昏い感情をもった検索者によって求められるのだろうか。そんな閲覧者へ向けてめろりんは自分語りを始めたのかも知れない。でも、今のところ、めろりんの自分語りは僕にしか届いていない。そして、唯一の読者評はこうだ。

――つまらない。とてもつまらない上に目が滑る文章だ――


 僕の意思でめろりんの指は動かせないし、目が覚めている時にまでめろりんのブログを見る気になんてなれない僕のその読者評はめろりんに届く事はないのだけれど。


 って、そう言えば、めろりんは実在のニートなんだろうか。毎日見るこの夢の鮮明さのおかげで、僕はめろりんめろんという引きこもりニートの実在を信じて疑ってなかったけれど、ただの夢かも知れないんだよな。いや、普通に考えればただの夢なんだ。実在しているなんて思う方がどうかしている。


 僕は目に入っているハズのPCモニターの文章から意識を外してそんな事を考えていた。すると、めろりんは今回の記事をアップロードして、ノートPCを閉じ、足で床をドンと打ち鳴らした。どうやら腹がへったらしい。

 そして、飯が運ばれてくるまでの時間つぶしとばかりに床に出しっぱなしの古いゲーム機を起動させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る