第30話『コンビニのおにぎり棚に、ひとつだけ“選ばれ具”がある』

 うちの近所のコンビニには、奇妙なウワサがある。


「おにぎり棚に、ひとつだけ“選ばれし具”がある」




 それを手に取った者は、

 ちょっとだけ、いいことが起きるらしい。



 ***


 でも、それは普通の見た目をしていて、

 見分けはつかない。

「ツナマヨ」と書かれていても中身は“桃”だったり、

「こんぶ」なのに“気づき”だったりするらしい。


 ……いや、気づきって何?



 ***


 そんな話を思い出しながら、

 僕はいつもの帰り道、

 学校の近くのコンビニに立ち寄った。


 目的はおにぎり。

 小腹用のツナマヨ。



 ***


 ずらっと並ぶ中から、

 なんとなく、奥の奥に押し込まれていた一個を取った。


 なんでか分からないけど――

“これだ”という気がした。



 ***


 レジを通して、外に出て、

 自販機の前のベンチで袋を開けた。


 パッケージは……普通の「しゃけ」。


 あれ、ツナマヨ取ったつもりだったのに。


 ま、いっかと思って食べてみたら――


 


 中に入ってたのは、メモだった。



 ***


 ちいさく丸められた紙をひらくと、

 そこには、たったひとこと。


「あした、話しかけてみな。」




 ……なにそれ。誰に?



 ***


 意味も分からないまま、

 次の日、クラスで何気なく隣の席の子に声をかけてみた。


「おはよう、……あ、ノート忘れてない?」


「えっ、あ……ありがとう……!」


 


 その瞬間、表情がぱっと変わって、

 いつもより笑ってくれた気がした。


 


 それだけで、ちょっと嬉しくなった。



 ***


 あのメモ、誰が入れたのかは分からない。

 でも、その日からなんとなく、

 僕の毎日は、少しずつ変わりはじめた。



 ***


 たまに行くと、また“それらしいおにぎり”があった。

「お昼は外にしてみな」

「今日の空、ちゃんと見てごらん」


 


 どれも、なんてことのない言葉。


 でも、誰かが**“ちょっとだけいい方へ導こう”**としてくれてる気がした。



 ***


 今も、僕はたまにおにぎり棚の前で立ち止まる。


 あの日みたいに、

 自分だけが見つけられる“選ばれし具”があるんじゃないかって。



 ***


 完(今日も、何かが海苔の中にくるまれている)

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摩訶不思議な体験 〜ゆる不思議短編集〜 水月 りか @rikalutokun

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